Day.4  The Festival (His Side)



今日は家の四人を、沖縄に来て行かない人はいないだろう美ら海水族館と、犬のいる恩納村にある万座毛に連れて行く日だ。家の四人は、予定していた時間通りにバスのところまで来た。(こういうところは、他の客と違ってやりやすい) 四人をバスに乗せて、出発前の最終確認をするために、手元にあるはずの今日の行程を書いてある用紙を挟んだファイルに手を伸ばす。 ・・・・・・ない。そう言えば旅館の勝手口のところに置いてきたかもしれないと思い、一度かけたエンジンを切って、『ちょっと待っててください』と言って俺はバスを降りた。 そんな複雑な行程じゃないから覚えてることは覚えてるんだけど、あるにこしたことはない。勝手口の戸をあけてみると、案の定、靴箱の上にそのファイルはあった。

それを持ってバスのところまで戻り、運転席のドアを開ける。すると、変な格好で身を乗り出している姉と目が合った。その手には、例の万座毛の写真が握られている。


「なに、してるの」
「あ、その、さっき柿本さんがドアを閉めた時にこれが落ちてきて、でも柿本さん気付かなかったから私が戻しておこうかなと思って・・・ごめんなさい」
「そう・・・別に謝ることじゃない」


とりあえず彼女から写真を受け取って、もとの場所に戻す。それを見ていた彼女が、ぽつりと言った。


「あの、それ、綺麗ですね」
「・・・ここ、万座毛っていうんだけど、今日行くから」
「あ、そうなんですか!」


今日の行程に万座毛が含まれていることを話すと、彼女はとても嬉しそうにそう言った。きっと、こういうところが好きなんだろうと思った。今日は天気もいい、きれいな風景が見れるはずだ。



***



一家を海洋博公園のゲートまで送り届けた後、俺はバスを専用駐車場まで走らせた。もう雑誌も昨日読んでしまったし、特に眠いわけでもないしで、静かなバスの中で今日はどうやって暇をつぶそうかと考えていると、ポケットの中でめったに使われない携帯が震えた。(そう言えばマナーモードにしたままだったかな・・・ いつから解除してないんだっけ) 取り出してみると、そのディスプレイには“父”という文字が浮かんでいる。緊急連絡用にということで、父とは一応番号を教えあっていた。さっき送り届けたばっかりなのに、もう何かあったのだろうか。


「もしもし・・・何かあったんですか」
『おぉ、柿本君か!いやな、大した用事じゃないんだが・・・』
「どうされたんですか?」
『いやぁ、家内がな、柿本君にちゃんと昼ごはん食べるように言えっていうもんだから』


俺はその言葉にどう返していいか分からず、ていうよりまず意味が分からなくて、図らずも『・・・は?』と言ってしまった。すると、それを聞いた父親が、『いやいや、気にせんでいい!要は柿本君がちゃんと昼飯を食べてくれればいいってことなんだ。家内がえらく柿本君のことを気に入っててね、俺も気に入ってるんだが、 今日はそのーチケットの都合で一緒に行動できないからな。ちゃんと昼飯食うんだぞ?うん、それだけだ。じゃあな、失礼!』と言って、電話は切れた。俺はあっけにとられたまま、でも、なんて人たちだと思いながら、運転席のシートに体を沈めた。自分の子供でもない、しかもついこの間出会ったばっかりの人間に、 どうしてここまで。おかしくて、少し笑ってしまった。



***



昼を過ぎて戻ってきた四人を、『いかがでしたか』なんて言うセリフで迎えた俺がバカだった。興奮が冷めない父親は助手席に座り込んで、次の万座毛に着くまでの間延々と、水族館で得た感動をリアリティあふれる表現で俺に説明してくださった。幸せな人だ。

万座毛に着いて一番にバスを降りたのは、姉だった。四人をよく旅行会社のパンフレットに使われる風景のところまで案内すると、父親はまた感動したのか、大きな声で『おー!すごいな柿本君!こんなにきれいな景色は見たことないぞ!』とか何とか言っている。 その一方で、姉の方は茫然としたような感じで海を眺めているだけだった。その様子がちょっと危なっかしくて、一応柵もあるし崖までの距離もあるから大丈夫だとは思うんだけど、少し不安になったから声をかけてみた。できるだけ、彼女の世界を壊さないように。


「・・・好きなの?」
「柿本さん・・・」
「よく、飽きずに見てるね」
「そう・・・ですね。好きなんですよ、こういうの」
「・・・そう・・・・・・」


彼女は、海の方を眺めたままそう言った。彼女が何を見ているのかが知りたくなって、その視線の先を追う。そこにはやっぱり青い海と、やっぱり青い空しかなかった。それだけで彼女には十分・・・いや、それだけが彼女の望むものなんだろうと思った。何となくホッとして、何となくまた彼女の方を見る。 すると、俺の方を見ていたのか、彼女と思いっきり目が合って。俺はとにかく驚いて、でも、彼女がとても綺麗なものに思えて、目が離せなくて。ずっと彼女のことを見ていたら、どこか懐かしいような、そんな感情がこみあげてきて。思わず、なぜか愛おしいと思ってしまった。その感情はその後すぐに消えたけど。 いや、本能的に消し去ったのかもしれない。



***



家の四人を客間に送ってから、明日の行程の確認のために自分の部屋に戻ろうとしていたら、女将さんに呼び止められた。『どうかしましたか』と尋ねると、女将さんは『今日ね、ほら、近くでお祭りがあるじゃない?せっかくだからさん一家をお連れしてあげましょう』と言った。また出かけるのか・・・と思ったけど、女将さんは言いだすと止まらないから仕方ない。

四人を連れて祭りの場所まで案内する間、父と少しだけ話をした。彼が『その祭りの場所まで遠いのか?』と聞いてきたので、『・・・そんな遠くはないです。ちなみに向こうでは自由に行動してくださって結構ですから。お帰りの際には一報ください』とだけ言った。

そうこうしているうちに祭りの会場に到着した。父は『じゃあ柿本君、俺らあっち行ってくるから。またあとで落ち合おう!』と言って、人混みの中へ消えていった。俺は特に何もすることがないから、一通り屋台とかを見て回ったら近くの浜辺で休もうと思った。先に帰ってしまいたかったけど、 お客さんと一緒である以上そんなことはできない。仕方ない。何か飲み物でも買おうかなと思って出店を探していたら、あるテントの下でお好み焼きを焼いている、旅館の近所に住んでいるじいさんと目が合った。


「おうっ、柿本くんじゃねぇか!」
「・・・こんばんは」
「なんでぇなんでぇ、可愛い子連れてよ!彼女かい?」


そう言われる覚えがなくて、不思議に思いながらじいさんの視線を辿ると、姉がなぜか後ろにいて。(なんでアンタこんなところにいるの。父親たちと行動してなかったの?) そんで彼女はなぜかちょっと赤らんでて。俺はなぜかそれが無性に恥ずかしくていたたまれなくて。 じいさんにできるだけ平然を装って『・・・違いますよ』と言って、俺はそのまま彼女の手を引いて(だってその場に残しとくわけにもいかない)そそくさと立ち去った。




少し離れて人混みも少なくなったところで、立ち止まる。振り向いたら、姉がすごい勢いで頭を下げた。


「ごめんなさい!私、なんか無意識に歩いてたら柿本さんの後ろついて行ってたみたいで、そしたらなんか勘違いされて・・・迷惑でしたよね、ごめんなさい・・・・・」


なんでそんな必死に、しかも泣きそうな顔で喋るのか、俺には全然分からなくて、因みにどう対処したらいいかも分からなくて。とりあえず『アンタが謝ることじゃないよ』と言うと、彼女は少し、それでもつらそうに微笑んだ。それを見た俺は苦しくなって・・・ていうかなんで俺まで苦しくなるんだ。 とにかく、このまま泣き出されたらたまったもんじゃない。何か彼女が喜びそうな物を探して視線を巡らせると、ちょうど向こうに射的の出店が見えた。再び彼女の手を引いて歩き出す。『か、柿本さん!?』とか何とか聞こえたけど、めんどいから聞かなかったことにした。 (アンタが機嫌悪いと調子狂う・・・)




射的の出店の前まで来ると、店のおばさんが『いらっしゃい!何回分にしましょ?』と言った。とりあえず『一回で・・・』と答えて、一回分の金を渡す。見ると、花火セットが景品で置いてあった。


「射的、ですか・・・?」
「・・・・・・花火でいい?」


そう言うと、彼女は今度はちゃんと笑った。

おばさんが『まいどー』と言いながら、俺に弾の入ったトレーとオモチャのライフルを渡した。オモチャのライフルなんか、俺にとっては何でもない。一発目で弾道のズレを読んで、二発目で花火と書かれたボール紙の札を打ち倒す。そしたら横から嬉しそうに『すご・・・柿本さん上手ですね!』って言う声が聞こえた。 そこで、ふと我に返る。一体何やってんだ。客のために金を使ったことなんか、今まで一度もなかったのに。



***



とりあえず近くの浜辺に移動して、花火をすることになった。彼女は父親たちを呼ぶつもりだったようだけど、もうめんどいし花火の量も少ないからやめてもらうことにした。実は父からさっき電話があって、『下の子が疲れたみたいだから、柿本君、悪いけど先に帰らせてもらうよ。で、がいないんだがそっちにいないか?』と言われた。花火なんて言うとめんどいことになると思ったから、『いませんが・・・探してみます』とだけ言っておいた。彼女はこのことを知らないけど、知る必要もないだろうから言わないことにした。

・・・だけど、実質的に二人っきりなわけで、気まずい。彼女はさっきから嬉しそうにせっせと花火の準備をしているけど(俺も一応手伝ってはいるけど)、こっちは色々と気が気じゃない。だっておかしいだろ、普通。なんで従業員が客のために射的までする必要があるんだ。 ていうかおかしいのは今に始まったことじゃない。昨日の、あの時からずっと。あの笑顔は一種の呪術だったんじゃないかと思うほど、あれからずっと調子が狂いっぱなしだ。今思えば、彼女から目が離せなくなってしまったのも普通じゃない。一体何だっていうんだ。

そんなことを考えながら彼女がしている花火をぼーっと眺めていると、彼女がこっちを向いたような気配がして、彼女の声が俺の名前を紡いだ。


「柿本さん」
「・・・なに」
「ありがとうございます」


まさかそうくるとは思ってなくて、だからどんな顔したらいいかもわからなくなって。俺はひとまず『礼を言われるほどのことじゃない・・・』とだけ言って、彼女から顔をそむけた。幼稚だなと思ったけど、それ以外の方法を俺は知らない。彼女はそのまま花火を続けていた。


「はい、柿本さんもどうぞ」


その声に振り向くと、そこには火のついた花火を差し出す彼女がいた。俺はまた驚いたけど(さっきから驚かされっぱなしだ・・・)、でもとても楽しそうな彼女を見ると断ることもできなくて、それに断る必要もなかったから、『・・・どうも』と言って彼女の手からそれを受け取った。 それを見た彼女は、得心したように微笑んだ。



***



花火も終わって、彼女を客間まで送った後、俺は夕食の片付けに向かった。洗い終わった食器を乾燥機にかけながら、俺は昨日と同じような感情のやり場に困っていた。それは風呂に入っている間も自室に戻ってからも、同じで。

原因は分かってる。彼女のせいだ。朝、挨拶をする笑顔も、過去を見る真剣な眼差しも、夕飯を頬張る幸せそうな表情も、俺が話すことにいちいち驚く顔も、その全部が俺を変にするんだ。もどかしい。いっそのこと、関わらないでくれたらいいのに。俺は何が何だか分からないまま、布団にもぐりこんだ。

・・・・・・なんて、分からないわけがない。悔しいけど、俺はこの感情が定義する類のものを知ってる。




俺はきっと、彼女のことを。




明日の自分 / 今日の彼女