Day.4  The Festival (Your Side)



いつもより早く起こされて何かと思ってたら、どうやら今日は少し遠出をして美ら海水族館のある海洋博公園に行くらしい。世界一と世界初があるといわれる水族館と、 17〜18世紀の沖縄民家を再現した郷土村、ビーチや植物園もあるらしい。なかなかやるな、沖縄。(昨日女将さんが説明してたの聞いてなかったの?って言われたけどそんなの知らないよ!ていうかその一言で昨日のこと思い出しちゃったじゃんかママンのバカ!)

バスに乗り込んでいざ出発しようとした時、柿本さんが小さく『あ』って言って、エンジンが止まった。何か忘れ物をしたらしい。『ちょっと待っててください』って言って、柿本さんが面倒臭そうにバスから降りてドアを閉めた時、その衝撃で運転席のサンバイザーのところから何か紙切れみたいなのがヒラヒラ落ちてきたのが見えた。 柿本さんはそれに気づかずに行ってしまった。お父さんやお母さんの方を見ても気づいてないみたいだったから、仕方ないから戻しといてあげようと思って、身を乗り出してそれを取った。何の気なしに見てみると、それは写真だった。それも、すごい古びてて、すごい綺麗な空と海の写真。 あまりの綺麗さに見惚れてたら、ドアが開く音がして、ふと視線を上げれば柿本さんと目が合った。(・・・微妙なタイミング)


「なに、してるの」
「あ、その、さっき柿本さんがドアを閉めた時にこれが落ちてきて、でも柿本さん気付かなかったから私が戻しておこうかなと思って・・・ごめんなさい」
「そう・・・別に謝ることじゃない」


柿本さんは怒った様子もなく、写真を私から受け取ると、元通りサンバイザーに挟み込んだ。(よ、よかった・・・)


「あの、それ、綺麗ですね」
「・・・ここ、万座毛っていうんだけど、今日行くから」
「あ、そうなんですか!」


そう言った柿本さんの言葉に、私は思わず大きな声で返してしまった。(はずかし・・・) でも、私は水族館よりこういった場所のほうが好きだから、ワクワクが倍増したことに変わりはないのさ!今日はお天気もいいし、素敵な一日になりそう!



***



海洋博公園のゲートで柿本さんにお別れして(柿本さんも来ればいいのに・・・)、私たちはまず水族館に向かった。ていうか広いよ!ゲートから水族館までどれだけ歩くの!なんて思いながら、やっとこさたどり着く。中に入ってみると・・・確かに。世界一!って感じだ、この水槽。 ほかにも深海魚だとか鮫ルームみたいな場所もあって、息つく間もないほど魅せられた。ついでにその鮫ルームにあるでーっかい鮫の歯の標本のところで記念撮影して、一通り館内をめぐった最後にあるお土産屋さんで友達へのお土産を買った。それからオキちゃんショーっていうイルカショーをみて、 ウミガメ館やマナティー館も巡ってレストランでご飯も食べて・・・なんてしてたらもう集合時間!広いわ!って突っ込みたくなるほど広いから、公園内を遊覧車で巡るサービスもあるみたいなんだけど、そんなものを利用する時間もなく、とりあえず柿本さんの待つバスの所へ。

『いかがでしたか』って聞く柿本さんに、興奮したお父さんはバスの助手席に特等席だと言わんばかりに座り込んで、何やら熱く語りだした。柿本さんごめん、そうなったお父さんは誰にも止められないんです。

とにかくスケールがおっきくて凄かった。特にきれいなブルーの海と空を背景にしたイルカショーなんか最高!ほんとすごい!・・・・・・うん、すごい、んだけど、何か足りなかったなぁ。(と思うのは気のせいかな?)



***



それからバスでぐんぐん南下して、ついにやって来ました万座毛!さっきの海洋博公園とはうって変わって、そこには何もえげつない建物なんかなかった。なんていうか、やっぱり私はこっちのほうが好きだと思った。どこまでも青い海と青い空。言葉にすると同じ青でも、ちゃんと境界線があって。 しかも、ちゃんとその境界線は上に凸で曲がっている。あー地球って本当に丸いんだぁ・・・なんて今さらなことを思いながら、その美しさと悠然さにちょっと放心モードで浸っていたら、隣からその風景に溶け込むように『・・・好きなの?』っていう声がした。


「柿本さん・・・」
「よく、飽きずに見てるね」
「そう・・・ですね。好きなんですよ、こういうの」
「・・・そう・・・・・・」


柿本さんの声は、またその風景にゆっくりと溶けていった。横目でちらりと、柿本さんを見る。沖縄が似合う人だなぁと思った。(初対面の時とは大違いなこと言ってるな、私) 綺麗な景色を眺めるその横顔が綺麗で迂闊にも見惚れてしまっていると、私の視線に気づいたのか、柿本さんが不意にこっちを向いた。 気づかれてないと思ってた私はびっくりして恥ずかしくて、でも柿本さんが綺麗だったから目が離せなくて、つまりは見つめあったままで。永遠にこんな時間が続きそうだな、続いてほしいな、なんて思ってしまった次の瞬間、柿本さんがふっと笑った。そんな気がした。



***



夕方あたりに、バスは旅館に着いた。私は万座毛での放心状態から抜け出せないままボーっとしてて、特にすることもなく、部屋でわいわいトランプをしている三人の横で寝そべっていた。目を閉じてても開いてても浮かんでくるのは、柿本さんの顔。私絶対どうかしてる。 だって、こんな言い方すると失礼な感じだけど、柿本さんだよ。だって、ほんの3日とちょっと前に出会った人だよ。なのになんで、こんなに脳裏に焼き付いて消えてくれないんだろう。どうして気になっちゃうんだろう。やだな、や、イヤじゃないけどなんだ、言葉が見つからない、もどかしい。これじゃ柿本さんのことが・・・

その時、部屋の入口で『失礼します』という声がして、今日もキレイな女将さんが戸を開けて顔を現した。


「今日はこの旅館の近くで夏祭りがございます。小さなものではございますが、本土のお祭りとは一味違ったものです。柿本を案内にお付けしますので、皆さんぜひ行かれてみてはいかがですか?」



***



そのお祭りは、聞くと町内でするもののようで。小さい子がお父さんやお母さん、中にはおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に楽しそうにしているのが見える。で、ちょっとびっくりしたのが出店。金魚がいない!ていうかブラジル料理の屋台があるってどういうことなんだろう?ブラジルにも屋台文化があるのかな。 それに一つの出店に一商品・・・とかじゃなくて、普通のテントの下で色んなものが売られている。これは一気にたくさんゲットするための策略なのかなぁ・・・とか思いながら、何も考えずにふらふらと柿本さんについて行ってると、あれ・・・?ここどこ?ていうかお父さんたちがいない!もしかして迷子になっちゃったかな、 でも柿本さんはここにいるしな、お父さんたちが迷子になっちゃったのかな・・・?

ちょっと不安になったから柿本さんに聞いてみようと思って声をかけようとしたけど、私の口から出かけた言葉は別の言葉でかき消された。そばのテントでお好み焼きを焼いているおじいさんが言った。


「おうっ、柿本くんじゃねぇか!」
「・・・こんばんは」
「なんでぇなんでぇ、可愛い子連れてよ!彼女かい?」


おじいさんはちらりと私のほうを見た。わわわ何言ってんのおじいさんそんなわけないじゃん!って感じでびっくりして慌ててたら、不思議そうな顔で振り返った柿本さんとバッチリ目が合った。その目が、少しだけ見開かれる。(あれ、驚いてる?私もしかしてここにいるべきじゃなかったかな・・・) すると、柿本さんはすぐにおじいさんの方へ向きなおって、『・・・違いますよ』って言った。そうだよおじいさん、違うんだよ・・・って何これ、なんか切な・・・・・・なんて思うや否や、柿本さんが私の手を引いてそそくさと歩き出した。私はちょっと引っ張られる感じで、小走りに柿本さんについて行く。 (ていうか、手。柿本さんの手、大きいのに細いな・・・ってそうじゃなくて!)




手をひかれたまま、どのくらい歩いたのかな。少し人混みから離れた場所に出て、柿本さんの歩く速さと私の手を握る強さが緩まった。そして柿本さんが立ち止まった時、その手は私から完全に離れた。もう色々いたたまれなくなった私は、振り返る柿本さんと目が合う前に頭を下げた。


「ごめんなさい!私、なんか無意識に歩いてたら柿本さんの後ろついて行ってたみたいで、そしたらなんか勘違いされて・・・迷惑でしたよね、ごめんなさい・・・・・」


謝ってるうちになんだか情けなくなってきて、元々あった恥ずかしさとごちゃ混ぜになって、不覚にも泣きそうになった。でも、ここで泣いちゃいけない。柿本さんは『アンタが謝ることじゃないよ』って言ってくれたけど、これ以上困らせちゃいけない。だから私は、今できる一番いい顔で笑おうとした・・・んだけど、 盗み見た柿本さんの目にはまだ困惑の色があったから、きっと笑顔も失敗したんだろうと思う。あーあ、ごめんなさい柿本さん。なんで私柿本さんについて来ちゃったんだろ、お父さんたちどこ行っちゃったんだろ。こんなことになるなら、お父さんたちのことちゃんと見とくんだった。

俯いたまま一人で悶々とそんなことを考えてたら、視界の端からいきなり柿本さんの手が現れて、その手はさっきと同じように私の手をつかんだ。そして、驚いて『か、柿本さん!?』って言った私を無視して、柿本さんは私の手を引いてどんどん人混みのほうへ戻っていく。小走りでついて行けば、 柿本さんが立ち止まったそこには、射的の屋台があった。


「射的、ですか・・・?」
「・・・・・・花火でいい?」


柿本さんはそう言った。私の気を紛らわせるためにこうしてくれたのかな・と思うと嬉しいやら申し訳ないやらで、少し笑ってしまった。柿本さんは射的が得意なのか、屋台のおばさんから十発分ぐらいの弾が入ったトレイとおもちゃのライフルみたいなのを受け取ると、手際よく弾を詰めて、狙って、撃つ。 柿本さんはものの見事に二発目で花火と書かれてある札を撃ち落としてしまって、私は感動して『すご・・・柿本さん上手ですね!』って言った。そしたら柿本さんの動きが一瞬止まって、でもまたすぐ動きだした。どうしたんだろう、私また何か変なこと言ったかな・・・



***



近くの浜辺に移動して、私は柿本さんと花火をすることになった。・・・・・・のはいいけど、これって二人っきりだよね。(だって柿本さんが、私が『お父さんたち探してきます』って言ったら『・・・そんな量多くないから』って言うから!)うううやばい、この状況はやばい、だって私昨日から変なんだもん。 柿本さんと目が合ったり話したり触れてしまったりすると、ドキドキする。おかしい、と思う。ていうか、そう思いたいだけなのかもしれない。私はまだそんなに年取ってるわけじゃないから、人生経験もそんなに豊富じゃない。でも、これに似たような経験は前にもある。確か、ドキドキして恥ずかしくてもどかしくて切なくてっていう、 そういう経験が。そんで確か、そんな経験を何て呼ぶかも、私は知ってる。

でも、私はそこで考えるのをやめた。柿本さんにお礼を言ってないことを思い出したから。ふと柿本さんのほうを見れば、彼は何をするでもなく、ただ私がしている花火の方を見ていた。


「柿本さん」
「・・・なに」
「ありがとうございます」


私がそう言うと、柿本さんは『礼を言われるほどのことじゃない・・・』って言って、そっぽを向いてしまった。四日前の私なら無愛想な人だなぁと思ってしまっただろうけど、今は違う。きっと、こういうのが苦手なだけなんだなって思う。そしたら、こっちを見てくれない柿本さんの猫背が、なんだか急に可愛く見えて。 (年下のくせに失礼な奴でごめんなさい) 一人でこれだけの花火をしてしまうのは勿体ないし、何よりせっかく柿本さんも一緒なんだから、二人でしない手はないでしょ!そう思った私は新しい花火二つに火をつけて、柿本さんのところへ歩み寄った。


「はい、柿本さんもどうぞ」


二つのうちの片方を差し出すと、驚いたのか、柿本さんは私の顔を見て一つ瞬きをした。でもすぐ視線を花火に戻して、『・・・どうも』とだけ言って、私の手から花火を受け取ってくれた。柿本さんには、花火も似合う。



***



それからは二人で花火をして、最後の線香花火の火玉が落ちた後、二人でちゃんと片づけをしてから旅館に戻った。帰る途中、柿本さんが私に小さく『花火・・・おかみさんやお父さんには秘密だから』と言った。私はそれがなんだか無性に嬉しくて、にやけてしまいそうな顔を必死で押さえながら、 私も小さく『はい、秘密ですね』と返した。部屋に戻ると、お父さんに『おう、帰ったか!お前一人でよく迷子にならずに帰ってきたな』って言われたから、『帰る途中で柿本さんに会って、ご一緒させてもらったの』とだけ答えておいた。(よかった、あまり詮索されなかった・・・)

お風呂に入って、部屋まで持ってきてくれたらしい私の分の御膳を食べて、歯を磨いてから、私は布団に入った。今日は色んなことがあったな。ていうか、いつにも増して柿本さんと一緒にいた気がする。あの花火のせいかな?でも楽しかったなぁ花火!これでお父さんやお母さんもいたら、もっと楽しかったかも・・・ って、それはそれでなんか違う気がする。なんていうのかな、分からないけど、柿本さんと一緒だったから楽しかったのかな。ていうか多分そうだ。そう言えば水族館も、あれはあれで凄かったけど、柿本さんがいなかったから物足りなかったんじゃないかな。・・・・・・ってことは、あれ?どういうことだろ。 だめだ、何だかもどかしい。いやだ、だめだ、これ以上柿本さんのこと考えちゃダメな気がする。だっておかしいよ、ほんの四日ぐらい前に出会った人だよ、柿本さんって。なのにこんな変に意識しちゃって、これじゃまるで私が柿本さんのこと・・・

その時、胸のあたりがぎゅーって苦しくなって、私は思い出してしまった。ドキドキして恥ずかしくてもどかしくて切なくてっていう、そういう経験の名前。




私、柿本さんに恋しちゃったんだ。




明日の私 / 今日の彼