Day.5  The Boy (His Side)



家の沖縄滞在最終日。本来ならここでいつも万々歳なんだけど、今回は少し違う。それはきっと、この感情のせいだ。でも、よく考えてみれば俺と家の出会いはたったの四日前であって、その日の気分は最悪だったわけで、彼女の機嫌も悪かったわけで。今俺がこんな感情を抱いてるのは、本当は間違いじゃないかと思う。彼女は客人だ。彼女の機嫌が悪いと調子が狂うけど、それはあれだ、従業員にとってお客様の満足が一番だからだ。 それに、向こうにしたってあり得ないだろう。華の高校生だ。彼氏がいたっておかしくないし、今回はただの家族旅行のはずだ。俺がアクションを起こしたところで、結局は向こうに迷惑をかけるだけ。

それに、俺自身まだ認めたくない部分がある。彼女とは確かに色々あったけど・・・ていうかそのせいだ。普段はないハプニングがあったから、変に情が移ったんじゃないかと思う。だからきっと、この感情はすぐに消えるんだ。おそらく、彼女が帰った今日の夜あたりには。


四人をバスに乗せて、最後の観光地である国際通りに向けて走る。助手席では相変わらず、父が喋っている。



***



国際通りの近くの駐車場で集合時間などの説明をしていると、父親が急に『柿本君も一緒にどうだ?いい店紹介してくれよ』なんて言ってきた。できれば今日はあまり彼女とかかわりたくはないけど(でないとまた変に情が移ってしまいそうだ)、そうはさせてくれないらしい。仕方がないから一緒に行動することにした。 ふと彼女の方を見ると、昨日とはうって変わって元気がない。俯いたままだった。

国際通りには、主に土産物が売ってある。特産の野菜や果物を使った菓子や飲み物、ご当地のキャラクターや、海人Tシャツが多い。あと酒。父は酒が好きらしく、酒屋に入ると一目散に俺のところにやってきて、『柿本君、美味い酒ないか?』と聞いてきた。(あまり酒飲まないんだけど・・・)

一通り見て回った後、父の提案で昼食は沖縄そばになった。店は俺が選んだんだけど、家はそこの味が気に入ったらしく、今度は母親の方が『美味しいお店紹介してくれてありがとう、おばさん嬉しいわ。あ、いいのよ柿本君、お勘定はおばさんがしとくから』なんて言い出す始末で。 『・・・や、金あるんで大丈夫です』って言ったら、『もう何言ってんの、五日目の仲じゃない。遠慮しなくていいのよ』と返された。どんな仲だ・とは思ったけど、もう何言っても無駄だからやめた。本当に、家は人がいい。



***



それからバスに乗って空港まで行く間に、家の四人にはお客さんノートを書いてもらった。空港に着いて、バスを空港の入口付近にとめて、そこで俺は四人に簡単なあいさつをした。すると父親が『そうかー・・・柿本君ともお別れか・・・寂しくなるな、母さん』と言い、母親が『そうね、お兄ちゃんができたみたいで嬉しかったものね』と続けた。 俺もそこで『寂しくなります』ぐらい言えば立派な旅館の従業員なんだろうけど、残念ながら無理だった。姉は、ただ『ありがとうございました』とだけ言った。その言葉が一番心に残った。

四人を見送ってから、俺はすぐバスに乗り込んで帰路を辿った。変な感傷に浸らないために。



***



空港から旅館までの道のりを半分ぐらい走ったあたりだろうか。なかなか青に変わらない信号に引っかかってしまった。一つ溜息をついて、ハンドルから手を放してシートにもたれかかる。早く帰りたいのに・・・と思った矢先、さっきのお客さんノートが目に入った。何の気なしに手にとって、 最後のページから遡るように、白紙のページをめくっていく。こういうのは最後から読むのが早い。そして、あった。最後の行に、女の子らしい字でと書いてある。その字を見て少しひるんだけど、信号はまだ変わりそうもないから読むことにした。




五日間、いろいろ助けていただいたり親切にしていただいたりで、柿本さんにはいっぱいお世話になりました。迷惑かけてすいません。本当に感謝しています。
でも、最後にもうひとつだけ、迷惑かけさせてください。私、柿本さんのことが好きです。沖縄に来て一番嬉しかったのは、あなたに会えたことです。一番楽しかったのは、あなたと一緒にいられたことです。こんな私に五日間でも付き合ってくださって、どうもありがとうございました。 私、柿本さんに会えて良かったです。柿本さんにも、ほんの少しでいいのでそう思っていただけたら幸せです。
では、お体に気をつけて。ありきたりなことしか言えませんが、これからも頑張って下さい、応援してます。





後ろの車にクラクションを鳴らされて、我に帰った。青だ。とりあえずノートを置いて、車を発進させる。

だけど、運転に集中できない。今のは何だったんだ、夢?いや、そんなはずはない。でもまさか、だって、ありえない。自分の目が信じられなくて、もう一度さっきの文章を読もうと、バスを道の脇へ寄せて停めた。でも、そこで何度読んでも同じことしか書いてなくて。 もしかしたら性質の悪い冗談じゃないかと思ってノートのほかの部分も隅々まで読んだけど、なにもなくて。だってそんなことはないはずだった。この感情は俺だけのものだと思ってた。それですべて片付くと、思ってた。でも、俺の予想とは違うことが起こってる。これは一体、どういうことだ。 本気なのか嘘なのか、でも彼女は嘘をつけるほど器用じゃなさそうだとか思うのは、俺が・・・・・・堂々巡りで、考えれば考えるほど分からなくなる。

でも、静かなバスの中で考えていると、段々もうどうでも良くなってきた。それは彼女の存在がどうでもいいってことじゃなくて、嘘だとか本当だとか、そういう俺の独断が。きっと、彼女があんなことを書いてくれたせいで何かが外れたんだろう。今あるのは、恋しい、それだけだった。




バスをUターンさせて、半分まで戻ってきていた旅館への道を、今度は空港に向けて再び走る。四人が乗っていないだけ軽いのかどうかは知らないけど、さっきとは見違える速さでバスは走っていく。彼女の搭乗開始時刻まであと40分。まだ、間に合う。

ポケットから携帯を取り出して、着信履歴の一番上の番号を呼び出す。呼び出し音が3回ぐらい鳴って、その携帯電話の持ち主が出た。


『もしもし?どうした柿本君』
「・・・さん、搭乗までの間、少しさんをお借りしてもいいですか」



***



父にさっきの入口の所で待っていると伝え、俺もその場所へ急いだ。入口まで行ってみると、まだ彼女は来ていないようだった。本当に来るという保証もない。でも、来ないなら探しに行くまでだ。あんな書き逃げは許さない。そんな一方的なことは、許さない。だって、一方通行じゃなかった。


「あ・・・あの、忘れものって・・・?」


聞いたことのある声が聞こえて、俺は知らず知らずのうちに下を向いていた顔を上げた。彼女がいた。よかった、来てくれた。もう見ることはないだろうと思っていた彼女の顔が、そこにある。一種の安堵に口もきけないでいると、沈黙に耐えかねたのか、彼女が再び口を開いた。


「・・・・・・あの・・・柿本さ」
「書き逃げ、するつもりだったの?」


彼女の言葉を遮って、そんな言葉が口をついて出た。彼女は一瞬わけが分からないといった表情をしたけど、次の瞬間にはその顔色が青くなって、赤くなった。(忙しい人だ)


「や、アレはその何ていうか、ウソ・・・じゃないんですけどそのホラあの何だっけ、だから・・・」
「嘘じゃないの?」


今、確かに嘘じゃないって言った。でも、まだ信じきれなくて。確かめたくて。そう問いかけた俺に彼女は俯いて、小さく『はい・・・』と言った。

嘘じゃない。
そう分かった途端、言いようもない感情がどっと込み上げてきた。こんなにも想ってたのかと、自分でもびっくりするくらいに。彼女は俯いてしまって、両手でぎゅっと服を握りしめて立っている。きっと、恥ずかしいに違いない。彼女もまさか俺がこんな行動に出るなんて思わなかっただろう。 そんできっと、心の中で謝っているに違いない。迷惑かけてごめんなさい・と。

早くしないと、彼女はきっと泣き出す。あの文章を書くのには、相当の勇気がいったことだろう。その文章が、俺をここまで連れて来た。今度はおそらく、おそらくじゃなくて絶対、俺の番だ。










「・・・・・・俺も好きだよ」










そういうや否や、彼女は弾かれたように顔を上げた。その瞳が、まっすぐ俺を見る。そこにはまだ、不安の色があった。でも、いつも言葉足らずな俺にはもう術がなくて、ただ、見つめ返すしかなかった。そうしているうちに、彼女の口がゆっくりと動いた。


「・・・あの、それって私、のことを・・・ですか?」
「他に、誰がいるの」


俺がそう言うと、彼女は一瞬ぴくっとなったが(言い方が悪かったかな)、すぐにホッとした表情になった。それにつられて俺もホッとした・・・のもつかの間、彼女の瞳に見る見るうちに涙がたまって、こぼれた。まさかここでも泣くとは思わなかった。ていうかなんで泣くの。彼女も自分が泣いていることに驚いている様子で、 次から次へとこぼれ出る涙を必死にぬぐっている。俺はどうすればいいか分からないまま、ただ泣きやんでほしくて、そっとその頬に手を伸ばす。触れると、涙で少し冷たくなっていた。彼女はそれにまた驚いたのか、再び弾かれたように顔を上げた。


「・・・なんで泣くの」
「、すいませ、ん・・・・・・その、嬉しくて」


その言葉を聞いて、自分に苦笑した。そうか、うれし泣きっていうのは、こういう時にするのか。今までうれし泣きなんかしたこともないし、されたこともないから、全然分からなかった。彼女といると、今まで知らなかった世界に放り込まれたような感じがする。その世界はとてもあたたかく、優しい。

ふと、そう言えば・と思い出して、ポケットを探る。彼女に渡すつもりで持ってきたものが出てきた。


「これ、持ってって」
「えっ・・・でもこれ、柿本さん大切にしてたんじゃ・・・」
「・・・いいから」


それは、あの万座毛の写真。彼女によく似合う、青。彼女の手に握らせると、彼女は、嬉しそうに笑った。


「・・・そろそろ搭乗の時間なんじゃない?」
「あ・・・ほんとだ・・・・・・」


搭乗開始まで、あと五分。本当はこんなこと言いたくはないけど、本当は搭乗なんかしてほしくないけど、でも、一家相手にはそうそうわがままも言ってられない。特に父親は心配するだろう。気に入ってはくれてるものの、どこの馬の骨とも分からない俺が、愛娘と一緒にいるんだから。なんて、そんなことを考えていると、彼女がいきなりこう言った。


「そういえば、私、何忘れてました?」


忘れてた・・・?何のことか分からないけど、そういえば彼女が俺に声をかけてきた時もこんな感じのこと言ってたな。きっと、父が彼女を俺のところに向かわせるために忘れ物を口実にしたってとこだろう。(ということは、あの父親は全部お見通しなのか) そこは口裏を合わせとかないといけないから、 『・・・ああでも言わなきゃ、来ないでしょ』とだけ言っておいた。すると彼女は照れたように微笑んで、俺はそれで、泣きそうだ・と思った。柄にもなく、初めて。思っただけだけど。


「じゃあ、柿本さん、今度は柿本さんが私のところに来てくださいね!バスの運転はできないけど、色んなところ紹介します!」


彼女は微笑んだまま、そう言った。その笑顔が嬉しくて、頷いた。すると彼女は『もう行きますね。柿本さん、お体に気をつけて!』と言って、くるっと俺に背を向けて走り出した。別れなくてはいけないことぐらい分かってたけど、あまりにもあっけなくて、なぜか、このまま終わってしまいそうな気がして。





















気づいたら、彼女の名前を呼んでいた。その声は小さかったから、きっと彼女には届かないだろうと思った。でも、彼女は立ち止まった。偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、俺はただ、それだけで嬉しくて。振り返った彼女が、大きく手を振る。 ここで手を振り返すことができるほど、俺は無邪気じゃない。ただ、今感じる暖かい何かが彼女に伝わるように、俺はそっと笑った。



***



彼女は、あの写真の裏にいつ気づくだろうか。そこにある数字の意味がわかるだろうか。彼女が完全に人混みに紛れて見えなくなった後、携帯をポケットから取り出し、マナーモードを解除した。久しぶりにこの携帯を鳴らすのは、彼女からの着信であってほしいと思った。




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