Day.3  The War (His Side)



今日は女将さんが組んだスケジュール通りに、家の四人を戦争関連の名所に連れて行くことになっていた。コースとしては、ひめゆりの塔、平和祈念公園、旧海軍司令部壕。時間を切り詰めればもっと遠出をしていろんな所に行けるけど、父の意見を尊重して、ゆっくりじっくりしっかり見学できる近場の三ヶ所を選んだ。退屈な一日になりそうだった。



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一家がひめゆりの資料館の中に入っていくのを見届けてから、俺はバスに戻った。その中で、もう何度も読んだ雑誌を読んでは置き読んでは置きして、これさえなければ旅館の仕事も悪くないのにと思う待ち時間を潰す。

集中力もなくなり、雑誌も持ってるだけ。もう文字を追うことすらめんどくなって、この際寝てしまおうかと思った時、窓を叩く音がした。ふと見れば、両手にカラフルで小ぶりなアイスクリームを持って、歯を見せて笑っている父がいた。他の家族はいないみたいだ。仕方ないからドアを開けてやる。


「や、一人じゃつまらんだろ。俺も一人でアイスはちょっと寂しいんでね。昨日のお礼代わりに、ホラ。」


そう言って、父親はピンクの上にイエローが乗った方のアイスを差し出した。礼を言って受け取る。父親のはブルーの上にグリーンが乗っている。一口食べれば、マンゴーの味が広がった。


「柿本君は、一人暮らしかい? 両親は?」


父親が言った。俺には両親の記憶がない。物心がつく前から地獄よりも酷い研究施設にいたからだ。唯一家族と呼べるのは、青い髪のオッドアイと金髪の狼男ぐらいだろう。(犬男かもしれない) でもそんなことを父親に言うわけにはいかないから、とりあえず『・・・一人です、親はいません』と答えた。


「そうなのか・・・寂しくないか? 俺で良ければお父さんと呼んでもかまわんぞ!」


父親は豪快に笑った。変に良い父親だと思った。そうこうしていると、バスに近づいてくる残りの三人の姿が見えた。俺はアイスの包装紙をゴミ袋に入れながら、バスのエンジンをかけた。



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二つ目の目的地の平和祈念公園で一家を一通り案内した後、俺は一人で昼食を摂りに行こうとした。すると今度は母親が、『柿本君どこ行くの?一緒に食べに行くわよ。』と言って、訳が分からずリアクションに困っている俺を半ば引っ張るようにして食事処に連れて行った。 父親から話を聞いて気の毒に思ったのかそうでないのかは分からないけど、何にしても変な人達だと思った。(でも奢ってもらっといて文句は言えない)



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旧海軍司令部壕のバス専用駐車場に着いて、一家を降ろす。時間は四時をまわったところ。ちょうど良いペースだろうと思って、これからの暇をどうやって乗り過ごそうかと考えを巡らせる。でもそれすらめんどくて、手当たり次第にバスの中を探った。 そしてふと思い当たって、運転席のサンバイザーを下ろす。あった。

真っ青な海と真っ青な空の境界線を写した、古ぼけた写真。万座毛だ。(一家は、確か明日行くことになってる) この写真は、気付けばいつも持っていた。親の遺品なのか、他の誰かのものなのか、全然分からない。小さい頃の俺が覚えていたのは、黒い闇と無機質に白い部屋と真っ赤な鮮血とこの色だけだった。俺と犬がマフィア界から抜け出した時、 この写真を手がかりに沖縄へ俺たちを送ったのはボンゴレ十代目だ。犬は万座毛が気に入ったみたいで、本島の中央部にある恩納村でフリーターをしながら食っている。時々積もる愚痴を持って会いに来る。(どうせなら美味い物でも持って来ればいいのに)

なんで今この写真を思い出したんだろう。明日の予定地だからだろうか。不思議と見ていて飽きない写真。そう言えば、捨てようと思ったことすらない。もうボロボロ。可笑しな話だ。写真を戻して、俺は眠った。



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ノックの音がして、目が覚めた。また父親がいた。


「ずっと狭い所にいると疲れるだろ、外の空気でも吸うといい」


そう言われて引っ張り出された俺は、仕方なく歩き出した。トイレにでも行こうか。そう思いながら歩いていると、姉がボーっとしているのが目に入った。まあ無理もないだろ。旧海軍司令部壕は、なかなか雰囲気のある所だ。女の人なんかは、すぐに気分が悪くなる。


「・・・・・・気分、悪くないの」


暇だったから声をかけてみた。向こうの屋根の下で、妹と母親はアイスを食べている。俺がさっき食べたのよりは大きそうだ。


「あ、・・・いえ、だいじょぶです、たぶん」
「・・・そう・・・・・・ならいいけど」
「気分悪くなる人、多いんですか?」
「特に女の人は、そうなりやすい」


珍しいな・と思ったら、なぜか溜息が出た。最近、こういう場所に来ても何とも感じない人が増えてるのは事実だ。彼女もその類なんだろうと思った。


「お疲れですか?柿本さんには待ってもらってるばかりだし・・・・・・」
「・・・や、そうじゃない」


この島は見た目は綺麗だけど、実際目を瞑りたくなる過去がある。まあ、この世界はそういう風にできてるんだろう。それを知らない、知ってても知らない振りをする人が増えてると、最近よく思う。だから、少し気になっただけだ。彼女がその類かどうか。


「あんた、・・・・この島を綺麗だと思う?」


そしたら彼女は困った顔をして、俯いてしまった。まさかの質問にびっくりしたのかもしれない。俺もびっくりした。こんなこと訊いてどうするんだ。こんな、出会って間もない女子高生に。我に返った俺は、聞かないほうがマシなような碌でもない応えが返ってきても落胆しないように、彼女に期待しないように、空を見上げていた。 隣から小さく『はい』と言う声が聞こえるまで。


「戦争は暗くてむごいものだったと思うけど、それに蓋をしないで、その上に立って、この島の人って笑ってるような気がします。女将さんも柿本さんも、旅館の人もみんないい人ですし、さっき言った食堂もおばさんも優しかった。 三日もここにいない私が断言するのは変な気がするけど、ここはあったかくて、とてもキレイだと思います。」


予想していなかった答えに、少々驚く。彼女が照れくさそうに顔を上げた。嘘じゃなく、本心なんだろうと思った。ほっと、安堵の息が漏れた。どこかで、やっぱり期待してたのかもしれない。そんな俺の顔を見て、今度は彼女が驚いたようだった。 『どうしたの、』と訊こうと思ったら、彼女はすぐさま『あ、バスに行ってますね!』と言って走っていった。(バスの場所、言ってないのに・・・) 彼女の顔が赤く見えたのは、たぶん気のせいだ。



***



気のせいなんだろうけど、あれから彼女の赤らんだ顔が頭から離れてくれない。そのせいで(何でそのせいなのかも分からないけど)、夕飯の準備中に茶碗を一個割った。変だ。溜息が出る。今日も早く寝るハメになりそうだ。 寝ても治らなかったら困るんだけど。




明日の自分 / 今日の彼女