Day.3  The War (Your Side)



父さんが言ってた。『沖縄に行くんだ、戦争のことについて学ぶいい機会だと思いなさい。旅館の人にはもう頼んであるから。失礼のないように、少し調べていくといいんじゃないか?』私は中学の修学旅行で長崎に行って、そこで十分に平和学習してきたし、 広島の原爆ドームや平和記念公園にも行ったことがあるから、そういうことには違和感も抵抗もない。目を逸らしちゃいけないことだし、嘘やおとぎ話じゃない現実だってことも分かってた。ただ、甘かったんだなぁと、後になって思った。



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柿本さんが運転するバスは、私たちを初めにひめゆりの塔に連れてってくれた。

特別な雰囲気もない街中に、それはあった。その周辺は現在から切り取られるように木々に覆われ、柵と花と千羽鶴に囲まれた奥の見えない洞穴。ぱっくりと口を開けていて、気を抜いたら飲み込まれそう。その逆サイドには、ひめゆりの塔と彫られた石碑。 それらを横切って進んだ先にある、小ぢんまりとした資料館。その入り口に来た時点で、何だかもういっぱいいっぱいだった。中を見てまわる間、私達一家は一言も口をきかなかった。話す必要がなかったんだ。



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柿本さんが待ってるバスに戻って、『次はどこに連れてってくれるんですか?』って訊いたら、『平和祈念公園。 ・・・日差しが強いから、帽子か何かあった方がいい。』って言われた。

本当にその通りで、広大な公園には木陰以外に影と呼べる所が本当に少なかった。そして驚いたのは、きれいな緑と空と雲のコントラストの中に凛として立っている、たくさんの黒い石碑。白く、戦没者の名前が彫ってある。 国籍に関係なく、沖縄戦で亡くなった全ての方の名前。〔平和の礎〕。現在もその数は増え続けてるみたい。それだけ多くの人が亡くなったんだろうな。そこを抜けた先の、海に面した広場には、〔平和の火〕。 沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と、被爆地地広島市の〔平和の灯〕、及び長崎市の〔誓いの火〕から分けてもらった火を合火したものらしい。

資料館を見学した後、柿本さんに案内されて暫く歩いていくと、各都道府県別の戦没者を祭る石碑や塔が並ぶ通りに出た。


「・・・・・・さんは、でしたね」


そう細くつぶやいて、柿本さんはの石碑の場所まで連れてってくれた。四人でその前に立って手を合わせて、名前も知らない人達の冥福を祈る。無理だった。戦争を体験してない私が彼らに言える事は何もないような気がしたから。 瞑っていた目を開けて振り向けば、少し離れた木陰の下で立ってる柿本さんと目が合った。その目がすごく優しかったような気がして、私はちょっとだけドキッとした。(何だ、これ、)



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だいぶ遅いお昼ごはんの後、柿本さんのバスが次に向かったのは、旧海軍司令部壕。岡の頂上にある入り口から中に入ってすぐの所にちょっとした資料館があり、その横の通路を行けば壕の入り口に着く。長く下へ続く階段が見える。 そこから明らかに体感温度が下がり、特有のにおいと太陽とは程遠い電灯の光に包まれた。背筋を誰かに掴まれてる感覚に襲われて、自然と少し前かがみになってしまう。

みんなに置いて行かれそうになったから、意を決して進み出た。湿った空気が肌の上で動くのが分かる。作戦室、幕僚室、医療質、下士官兵員室などの、部屋というより通路をへこませたような部分には、 各々の説明書きと小さな花が生けられた花瓶がおいてあった。幕僚室には、兵士の方達が手榴弾自決したときの跡が、くっきりと残っている。唯一きちんとした部屋だった(と思う)司令官室には、 太田實司令官の愛唱歌が書かれた壁と、一際大きなゆりの花を咥えた花瓶があった。

妹は途中で気分が悪くなったみたいで、母さんと二人、先に出口に向かった。私も一刻も早く出たいと思ったけど、しっかり見るものを見てなきゃいけないと思う気持ちの方が強かった。悲しくてどうしようもない場所。空気が湿ってるのは、きっと地下だからってだけじゃない。

全ての順路を回って、外に出る。沖縄の太陽は眩しかった。この壕から出る度に、当時の彼らは太陽に感謝したに違いないと思った。少し離れた所で、妹と母さんがアイスを食べてる。(私のは?) 父さんは・・・どこだろ、トイレかな?


「・・・・・・気分、悪くないの」


柿本さんの声だった。


「あ、・・・いえ、だいじょぶです、たぶん」
「・・・そう・・・・・・ならいいけど」
「気分悪くなる人、多いんですか?」
「特に女の人は、そうなりやすい」


柿本さんは私の隣に立ったまま、短く溜息をついた。


「お疲れですか?柿本さんには待ってもらってるばかりだし・・・・・・」
「・・・や、そうじゃない」


柿本さんがゆっくりこっちを向いて、目が合った。


「あんた、・・・・この島を綺麗だと思う?」


いきなりな問いかけに、少し、返答につまった。でも、柿本さんの言いたいことは分かってた。柿本さんは、見た目の美しさの話をしてるんじゃない。私は、ゆっくりよーく考えて、『はい』と言った。なんとなく恥ずかしかったから、俯いて言った。


「戦争は暗くてむごいものだったと思うけど、それに蓋をしないで、その上に立って、この島の人って笑ってるような気がします。女将さんも柿本さんも、旅館の人もみんないい人ですし、さっき行った食堂もおばさんも優しかった。 三日もここにいない私が断言するのは変な気がするけど、ここはあったかくて、とてもキレイだと思います。」


全部言ったあと柿本さんの方を見ると、驚いてるのかな、目を少し見開いてた。何か変なこと言ったかな、気に障ることだったかな・・・って、何となく不安になる。でも、そんな私に、柿本さんはそっと微笑んだん、だ。(何だこれ、またドキドキしてきた・・・)



***



実を言うと、それから後のことはあまり覚えてない。きっとそれまでのことのインパクトが強すぎて、あとのことを覚えとくスペースがなかったんだろうな・と思うんだけど、よくよく考えてみたら、柿本さんの見落としてしまいそうなくらいの笑顔が、 もしかしたら勘違いだったんじゃないかって思うくらいの微笑みが、頭をずっと離れない。何だろうこれ、変な感じ・・・




明日の私 / 今日の彼