Day.2  The Rain (His Side)



今日は昨日よりも憂鬱な気持ちはなく、曇天の割には目覚めがよかった。昨日の夕食と同じ場所で食事を摂りながら、来客用の席を見る。一家は見るからに元気そうだ。今日はあまり元気に活動してほしくはないけど、お客様にそんなことは言えない。今日も疲れることになるだろうなと思いながら、食事を終えてくつろいでいる一家のもとへ、本日の説明(と言っても集合場所と時刻、服装についてだけなんだけど)をしに向かった。



***



予定の時刻よりも少し早く来た一家を連れて、船着き場に案内した。これから船の運転をしてくれる女将さんの旦那さんを紹介すると、旦那さんは飄々として『堅苦しいことは置いといて、じゃあ・・・さんかな?早速行きますかい?』と言った。(さすが、長い間やってるだけある) それから船で移動すること約十分、旅館所有の無人島に着いた。旦那さんが四人を一通り島の案内に連れて行くことになってたから、俺はいつも通りの準備をすることにした。

戻ってきた四人に自由時間にすると告げると、誰よりも喜んだのは父親だった。そして何とも運の悪いことに、彼は釣りがしたいと言って俺の所にやって来た。(下手な冗談ならやめてほしい・・・) さらに、言わなくていいのに旦那さんが丁寧にも 『釣った魚によれば食べれるヤツもいますよ、一匹ぐらいならさばきましょうか?』と言ってくれたので、その後午前中いっぱい、俺は父親と二人っきりで釣りをするハメになった。時々母親や妹の方が父親の様子を見に来るが、 一向に何も釣らない父親を見るのはさすがに家族でも飽きるのか、次第に来なくなった。(薄情な)

『どうやったら上手く釣れるんだ?』とか『柿本君、彼女は?』とか(そんなものいるわけないだろ)、何かと賑やかな父親もそろそろ本腰を入れて釣りをし始めたとき、ふと見ると姉の方が一人で島の奥に入っていくのが見えた。 昨日のことと言い、探索好きな子だなと思いながら、少し嫌な予感がして空を見上げる。雲が厚い。一雨くるかもしれない。雷がきたら、釣りをしてると危ない。父親に止めさせるべきかどうか迷っていると、『うおぁ!』と言うよく分からない奇声が聞こえた。 視線を父親の方に戻すと、逃れようと必死に右往左往している魚と格闘している、逃すまいと必死に試行錯誤している姿が目に入った。(全くどこまでも賑やかな人だ) この一匹が釣れたら止めてもらおうと思い、網を持って父親で遊んでいる(ように見える) 魚を隙を突いて捕まえてやる。すると父親が、『おお、柿本君やるなぁ!そうか網かぁ!』と感心したように言った。それから彼は俺の手から魚を受け取ると、嬉々として旦那さんの所へ見せに行った。どうやら食べられる魚を釣ったようだ。 俺が見ているのに気付いた父親は、大げさに親指を立てて見せた。




一段落ついたから釣竿を片付けていると、案の定ポツリポツリと雨粒が降ってきた。少し遠いけど、雷も鳴ってるみたいだ。時間もちょうどいい十二時前。ついでだから他のもう使わなさそうな道具も片付けて、昼食の準備をしようと思った。 船に女将さんたちが用意してくれた弁当を取りに戻ると、ほとんど原型のなくなった魚の切り身と、雨が降っているにもかかわらず、さばいている旦那さんの横でそれを夢中になって眺めている父親がいた。 そこで俺が旦那さんと父親に、何の気なしに『雨降ってるし雷もきそうなんで、屋根のところで昼食にしますから』と言った瞬間、さっきまで輝いていた父親の瞳が急に真剣になって空を仰いだ。 俺と旦那さんは訳も分からずその父親の様子を見守る。すると、雷の音が近いのを確認した彼はいきなり血相を変えて言った。


「柿本君、は!?」
「あ、・・・島にいると思いますけ・・・」
「一人じゃないよな?」
「や、多分もう帰ってきてるんじ」
「どこに行ったんだ?」
「・・・一人、で島に入ってくのは見えましたが・・・・・・」


俺がそう言うや否や、父親は母親と妹がいる屋根の方を見た。俺もつられてそっちを見やる。姉はまだ帰ってきてないようだった。父親が青ざめた顔で向き直る。


「柿本君、を探しに行かないと」
さん、戻ってきますよ、あの大きい方の子でしょ?」


そう暢気に言った旦那さんの言葉を跳ね返すように、父親は半ば叫んだ。


「あの子は!っ、は雷がダメなんです・・・!」


そのまま駆け出しそうになった父親を慌てて引き止める。雷は近づいてきているみたいだ。いくら小さい島だと言っても、多少は危なくなる。


さんは待ってて下さい。お客さんを危険な目には遭わせられない」
「でも・・・!」
「・・・俺が、探しに行きます。ちゃんと連れて帰ってきます」


旦那さんに家の三人を任せて、俺は島の中に入った。この島には一本の獣道しかなく、通るならよほどやんちゃでない限りそこだけだろうと思い、とりあえず走った。




道の三分の二ぐらい行った辺りに彼女はいた。見つけた・と思って安堵したのも束の間で、次の瞬間、地面に座り込んでいる彼女は急に、糸の切れた人形のように体を傾け始めた。急いでその頭のところに腕をすべり込ませ、 何とか地面に倒れこむ前に体を支える。その表情を見ると、意識を失っているようだ。このまま雨ざらしでいる訳にもいかないので抱えて連れて行くしかないけど、こんな状況は初めてで、どうやって抱えようか迷いながら彼女の色を失った横顔を見ていると、 いきなりその目が開いて驚いた。(バイハザ・・・?)


「大丈夫?」


そうは思わないが一応そう言うと、半分泣いている顔がやっと俺を捉え、その目が今度は少し見開かれた。そして次の瞬間、彼女はもう上体を起こし、俺との距離をきちんととっていた。(何だ元気じゃないか)


「お父さんが、」


心配してるから・と言おうとしたところで、一際でかい音が鳴った。すると彼女は見る見るうちに青ざめてパニックを起こし、必死に縋りつける物か何かを探しだした。どんどん涙が溜まっていく目が見ていられなくて、仕方ないから手を差し出すと、 彼女は驚いたけど遠慮がちに、俺の腕にしっかりとつかまってきた。
いつもの通り雨だからすぐ止むとは思うけど、父親に心配させたままだから早く戻らなきゃいけない。ちょっと落ち着いた様子を見せた彼女に『立てる?』と尋ねると、 到底無理と言う顔で首を横に振られた。まあ予想は出来たけど、雨が止むまでこうしていなきゃいけないのかと思うと少し決まりが悪かった。(だって、手)



***



雨が上がってやっと歩けるようになった彼女を連れて戻ると、父親にすごい勢いで感謝された。俺たちのことを待っててくれたのか、広げられた弁当は手が付けられていない様子。『一緒に食べましょう』と、母親が俺を見て言った。 両親のことを全く知らない俺は、家族っていうのはきっとこういう人達のことを言うんだろうなと思った。

首里天自慢のミミガーを一口頬張った彼女が、幸せそうに『おいしい!』と呟いた。




「柿本さん、ありがとう」


さっきまで料理に夢中だった彼女が、急にこっちを向いて照れくさそうにしながら言った。

思いっきり目が合った。

それに少し面食らって何も言えないでいると、彼女は『私、小さいときから雷ダメなんですよね』と言って、再び料理に目を落とした。 自分でも何が何だかよく分からないまま何故かこっちまで恥ずかしくなってきたから、それを悟られる前に固まった手を無理やり動かして、急いで残りのご飯を詰め込んだ。




それから、一家は沖縄の炎天下の中でよく遊んだ。姉を連れ戻ってからというもの、彼らは何故か俺を放っといてくれず、俺ももれなくその巻き添えを喰らった。そのおかげで、旅館に着く頃には旦那さんを除く5人ともがヘトヘトに疲れていた。 こんなに疲れたのは(そしてそれが嫌な疲れではないのは)、この旅館で働き始めて以来今日が初めてかもしれない。




明日の自分 / 今日の彼女