Day.1  The Arrival (His Side)



昨日女将さんに『明日から五日間、よろしくね』と言われ、それからずーっと気分は晴れない。(めんどい・・・) よりにもよって任されたのは四泊五日の四人家族。小さい子供がいたらもう最悪中のさいあくだ。乗り気がしないまま旅館のバスを走らせて空港へ向かった。



***



約束の時間から待つこと十分、めんどくてだるくて目を閉じた矢先、誰かが運転席の窓をノックした。(・・・タイミング悪い) バスから降りると、父親と母親と女の子、少し離れた所にもう一人女の子がいた。小学生以下はいないようだ。 軽く会釈をして簡単に自己紹介する。その間ずっと、少し離れた所の姉らしき女の子は何やら不愉快そうな顔をして、こっちをちらりとも見ない。(なんであんなふきげんなんだ)(かえりたい) 仕方ないから無視を決め込むことにしてバスに乗ろうとすると、母親がその子の名前を呼んだ。


「ホラ、も挨拶しなさい。」


と呼ばれたその子は、その時初めてこっちの存在に気付いた。一応の客人に一応までに挨拶すると、その子は不思議なものでも見るような眼差しを投げつつ慌てて挨拶を返した。気分は晴れないままだった。




空港を出てしばらくすると、すぐ後ろに座った父親が屈託のない笑顔とかいうやつで話しかけてきた。


「柿本君は若いけど社会人?バス運転できるってすごいな。」
「いや、大学院に・・・」
「大学院!何の研究してるんだ?ああ、何歳?」
「・・・・・・23です」
「おうおう若いなぁ!これはアルバイト?」


一番苦手なタイプだと思った。最終的にはごそごそとバスの色んなところを探り出す始末。やってられないからもう何も言うまい関わるまいと決心しようとした瞬間、父親が一冊のノートを見つけた。(・・・忘れてた)


「柿本君、これは?なんかいっぱい書いてあるけど。」
「お父さん何それ?」


とかいう子も首を突っ込んできた。(もう機嫌は直ったんですか) 父親が持っているのは、女将さんのアイディアで全部のバスに常備されている普通のノート。説明するのはドライバーの役目だったかな、めんどい。


「それ、お客さんノートです。皆さんには最終日に書いてもらうんで」


極力簡単に説明すると、父親の方はなぜか分からないがひどく喜んで、他の二人に見せていた。気楽な人達だ。(こっちの気も知らずに・・・) いつもよりバスの速度を上げて、旅館までまっすぐに戻った。




やっと旅館に着きひとまず役目を終えたので、自室に戻る。四人(特に父親)のおかげでひどく疲れていた。夕食の用意まで少し仮眠をとろうと思った。



***



何か、物音がした気がして、目が覚めた。畳に寝そべったまま時計を見る。五時半。ちょうど夕飯の準備が始まった頃だろう。ゆっくり上半身を起こすと、ぼんやりした頭にたまった血がすっと下りて、少し気分がよくなった。左手で体を支えて立ち上がる。 首筋を伸ばしながら机の上の眼鏡を取って、そのまま襖へ向かった。

思いのほか勢いよく開いた襖から弾き出されて、最初の一歩をついたところで視界の端に何か捉えた。そして次の瞬間、それは勢いに任せて突っ込んできた。予想外の衝撃に驚きながらも体勢を立て直すと、それもなかなか機敏な動きで距離をとって構えた。


「、・・・・・・」
「か、柿本さん・・・」


そこには変な表情の(照れ、恐怖、安堵?何それ)さっきの子がいた。ワンテンポ遅れて『何してんの?』と聞けば、その子は一瞬迷ってトイレを探していたと言った。解釈すると遊び心で探検でもしていたってところだろう。 (だって、玄関から部屋まで案内するときに一つ教えたはず)(また聞いてなかったの?) 仕方ないから、ついでに行く方向も同じだから、ついて来てもらうことにした。少し、今度ははっきりとした照れた表情で、その子は微笑んだ。(そういう顔もできるのか)




トイレに着いたとき、さっきと同じ笑顔で『ありがとうございました』と言われた。癖から、わざわざその顔を見ないように口先だけで頷いて、ついでに(親切でいられるうちに)夕食の場所も教えておいた。そんなことをする自分に驚く自分がいた。



***



その子が無事に夕食に来たのを見つけた後、再び自室に戻って襖を閉めると、一つ、何故か溜息が出てきた。また疲れたみたいだ。明日は四人を島に連れて行かなきゃいけない予定だから、今日よりもきっともっと体力を使うだろう。 夕食の片付け当番が当たってなくてよかった。今日は早めに寝ようと思った。




明日の自分 / 今日の彼女