Day.5  The Boy (Your Side)



昨日はあまり眠れなかった。だって・・・ダメだ。なんかもう色んな感情がごちゃ混ぜになってよく分からない。だけど一つだけ確かなものがあって。でも、もうあの人とは今日でお別れだから、・・・・・・あー・・・どうすればいいのかな。 ってここで私が悶々と考えても、きっとあの人は私のコトなんか見てない。他に彼女さんがいるんだ、きっと絶対。私よりもっと大人っぽくて、きれいな人が。

それにきっと、私のこの感情も一時だけのもの。少し助けてもらっただけで、少し長く一緒にいただけで、少し親切にしてもらっただけの話。きっと、今日家に着くころには、もう過去の話になってるはず。そういえばあんなこともあったなぁ、みたいな感じで。

国際通りに向けてバスが出発する。女将さんたちとはここでお別れ。女将さんのご主人さんも見送りに来てくれて、すごく感慨深かった。いい人たちだ。『・・・じゃあ、出発しますよ』って言う柿本さんの声が聴こえて、バスのエンジン音と私の心音は高鳴った。 ああもうだめだ、柿本さんを直視できない。声もまじめに聴けない。ていうかもう見れなくていいし聴けなくていいよ。私は沖縄最終日をエンジョイするんだ!



***



国際通りに着いて、柿本さんが集合時間の話をする。私は少し離れた所で俯いたまま。したらお父さんがいきなり『柿本君も一緒にどうだ?いい店紹介してくれよ』なんて言い出して、私は、おおかた上がりそうになった顔を必死で抑えた。 いや、お父さんちょっとそれはいけないんじゃないかな、柿本さんも困ってるよていうか私が一番困ってるよ待て待て、状況をよく読んで・・・っていや、私の心境は読まれたら困るけれども!

そんな私の心の叫びは届かぬまま、結局私たちは柿本さんと行動を共にすることになった。もう・・・せっかくの国際通りなのに私何もできない・・・・・・(でも、柿本さんと一緒なのは正直嬉しいかも・・・)



***



一通り、国際通りとその脇道の散策も終わって、お昼ご飯(柿本さんオススメの沖縄そば、緊張で味わからなかった・・・)も終わって、お土産も全部買って、やっと、やっとの思いでバスまで戻る。運転席についた柿本さんが、おもむろに一冊のノートを取り出して言った。


「空港に着くまでの間、これ書いててください」


それは、沖縄初日、お父さんが偶然見つけたお客さんノートだった。助手席のお父さんが『おー!待ってたんだよこれを!よし、全員なんか書けよ!』なんてはしゃいで・・・ていうか待って、全員?書くことないよ私!お父さん今日余計なことしすぎだよ! いや、別にコレが柿本さんへのメッセージになるわけじゃないのは百も承知だけどだけどだって読むでしょ、柿本さんも。だって一応私たち柿本さんのお客でしょ?ほら!無理だ、何書こう、うわわわわちょっと困った、 何で私今日こんなに緊張することがいっぱいあるの?おかしくない?

なんて、原因は分かってる。それもこれも全部、昨日気づいちゃったからだ。ずっと心のどこかで気づいちゃダメだって思ってたのに。私は、これが目的で沖縄に来たんじゃない。普通に夏を楽しんで、沖縄を知って帰るだけのはずだったのに。 でも、心のどこかでこの気持ちを否定するなって言う声がする。本当は私だって否定したくないんだ、きっと。別に私は運命論者じゃないけど、柿本さんと出会ったことは、逃しちゃいけない事実だと思う。旅館の廊下でぶつかったのも、 雨の中助けに来てくれたのも、少し深い話をしたのも、一緒に花火をしたのも、全部柿本さんだった。だから・・・って言うのもなんか変だけど、でも変なのははじめからだもん。柿本さんと会って、変になったんだ。 私が柿本さんを好きになったのは、偶然でも必然でも何でもいいけど、きっと否定しちゃいけない。

そんなこんなしてたら、私の所にノートが回ってきた。書くべきことも書かなきゃいけないことも結局全然分からないけど、書きたいことは少し見えてきたみたい。



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空港の入り口付近にバスを止めて、柿本さんは本当に簡単にあいさつをした。だから私も、本当に簡単に、でも心から『ありがとうございました』とだけ言った。


那覇空港には免税店やお土産屋さんがたくさんあって、私たちはそこでの買い物を目的に、搭乗開始の約1時間前に空港に着くようにしてもらった。夏だからなのか年中こうなのかは知らないけど、ターミナルビルの中は盛況で、 ビジネスマンからカップル旅行の人までいっぱいの人がいた。私はあんまり乗り気じゃないまま、お母さんや妹がはしゃぎながら免税店のブランド品巡りをしている後ろを、お父さんと二人、苦笑しながらついて行く。とにかく色んなものが売ってあって、 建物の外の景色も色あせるほど極彩色のパッケージに身を包んだ商品が、これみよがしに並んでいる。珍しいお菓子や定番のご当地キテ●ちゃんの間を買うでもなく見るでもなく縫うようにブラブラしていると、ふと、柿本さんのことが頭をよぎった。 こんな短時間しか経ってないのに、もう懐かしい感じがする。私はまだ沖縄にいるのに、もう遠い気がする。嫌だな、と思う。柿本さんに会えなくなることも、面白くもないのに買い物をするフリばっかりしてる自分も。


「お父さん、私ちょっとあそこの椅子のところで休んでくるね」


『あ、おい、!』って言うお父さんの声が聴こえたけど、なんか面倒だったから無視した。お父さんごめんね。今日は疲れた、しかも嫌な疲れ。なんかすごく不完全燃焼で、もやもやする。背もたれに身を任せて目を閉じて深く息をする。 少し寝ちゃおうかな、お父さん起こしてくれるよね。寝たら、ちょっとはマシになるかな。



***



!」


名前を呼ばれて、閉じていた目を開ける。目の前には私の顔を覗き込むお父さんの顔があった。(近・・・) もう搭乗する時間かな? 私、寝てたのかな。それすら分からないなんて、なんか余計にもやもやする。ボーっとしてたら、お父さんが言った。


、柿本君からさっき電話があってな、お前、忘れ物してるらしいぞ」


お父さんの口から出たある人の名前で、ほんのついさっきまで感じてたもやもやは一瞬でどこかに吹っ飛んだ。


「っ、え?そ、それで?」
「柿本君が今入り口んトコまで持ってきてくれてるらしいから、ちょっと取りに行ってこい」
「え、私が!?」


お父さんは当たり前だろと言わんばかりの顔で、『早く行ってこい、搭乗に間に合わんぞ』なんて言ってる。何だこれ、一体どこのテレビドラマだこれ。まさか、だって、もう一度柿本さんに会えるなんて思ってなかった。ヤバい、嬉しいかもしれない!

・・・え、・・・・・・・・でも、ちょっと待って、やっぱり私は行かない方がいいかもしれない。だって、私書いちゃったもん。お客さんノートに、思いっきり。・・・これはちょっとヤバいんじゃない? ちょっとっていうか大分ヤバいよね!何がって私の立場が!ちょ、ちょっとお父さん、やっぱり代わりに・・・


「お前早く行ってこい、柿本君を待たせるわけにはいかんだろ」



***



な、なんか変に恥ずかしい。柿本さんアレ読んでないよね?読まれてたらもう私どんな顔で会えばいいか分かんない・・・!ていうか私何忘れたんだろ、変なものじゃないかな、昨日忘れ物がないか一応チェックはしたけどなんせだって緊張してたから・・・・・・ なんて考えてたら、さっきはお別れした入り口で柿本さんが立ってるのが見えて、私はマックスに恥ずかしくなった。イヤだもう逃げたい・・・


「あ・・・あの、忘れものって・・・?」


勇気を出して声をかけてみたら、柿本さんがこっちを向いて・・・・・・・・・・・・無言。ちょ、ちょっとなんか話してくださいていうかそんなにこっち見ないでくださいわたしの顔に何かついてますか?そりゃ少し赤いかもしれないですけど、 ってだからそんなに見ないでください余計に赤くなっちゃうじゃないですか!こっちは色んな意味で恥ずかしいんですけど!


「・・・・・・あの・・・柿本さ」
「書き逃げ、するつもりだったの?」


か、書き逃げ・・・?っていったいなん、の・・・・・・・・あぁ・・・、あーもう!やっぱり読んでたんですかそれなら忘れ物シカトしてでももう関わらないでほしかっ・・・それはウソですけど、ていうか別に書き逃げするつもりじゃなかったんですけど、 だいいち書き逃げなんて言われるとか思ってなかったんですようわぁどうすればイイのこういう時って!


「や、アレはその何ていうか、ウソ・・・じゃないんですけどそのホラあの何だっけ、だから・・・」
「嘘じゃないの?」


柿本さんがあまりに真面目に聞くから、その視線に耐え切れなくなった私はうつむいて『はい・・・』って言うしかなかった。ごめんね柿本さん、迷惑でしたよね。こんな高校生、相手になんないですよね。でも、でもね柿本さん。だって、ほんとにうそじゃない。 私、柿本さんのこと・・・










「・・・・・・俺も好きだよ」










その一言で周囲の雑音は見事に消し飛ばされて、私は静寂の中、弾かれたように柿本さんの顔を見た。ウソ。そのセリフのあとに『あんたの妹のこと』とか『お母さんのこと』とか、そんな痛々しいオチはないよね?それって『俺も』って言ったから、あたしのあの告白に応えてくれたと思っていいんですよね・・・?


「・・・あの(さっきからあのばっかりだな私)、それって私、のことを・・・ですか?」
「他に、誰がいるの」


ひい!ぐ、愚問でしたかすいませんでした!・・・でも、ウソ、じゃないんだよね。柿本さんも私のこと、・・・その・・・好き(は、ハズい!)、だって言ってくれ、てアレ?なんか気が抜けて涙出てきた。 うわ、こんなの初めてだ!なんかちょっと変な子みたいじゃない?嬉しいのに、笑えばいいのに何で涙が出るの、止まれ!必死に涙を拭っていると、細くて長い、でも男らしく骨ばった指が視界にぬっと現れて、そっと、私の頬に触れた。 ビックリした私は反射的に顔をあげて柿本さんの方を見る。そこには、困った顔の柿本さんがいた。


「・・・なんで泣くの」
「、すいませ、ん・・・・・・その、嬉しくて」


そう言った私に得心したのか、柿本さんは薄く苦笑した。(そ、その顔は反則だ!) それからふと思い出したような顔をして、今度はポケットをごそごそし始めた。そして出てきたのは、どこかで見たことのある、青。


「これ、持ってって」
「えっ・・・でもこれ、柿本さん大切にしてたんじゃ・・・」
「・・・いいから」


柿本さんは、あのバスのサンバイザーに挟んであった万座毛の写真を私に握らせた。時を経ても相変わらずのキレイな青が、なんとなく嬉しかった。


「・・・そろそろ搭乗の時間なんじゃない?」
「あ・・・ほんとだ・・・・・・」


もうお父さんたちのところに戻らないと、帰れなくなってしまう。(残念ながら私は自分で飛行機代を出せるほど大人じゃない) でも、まだ柿本さんと一緒にいたいな。そう思うのは、当然なことだよね。あ、そういえば私何忘れてたんだろ? ていうか本題ってそれだったよね?危うく忘れそうだった自分がおかしくて、柿本さんとの話題が見つかったことが嬉しくて、ちょっと笑ってしまう。


「そういえば、私、何忘れてました?」


私がそう尋ねると、柿本さんは一瞬面食らったような顔(ん?)をしたけど、すぐいつもの表情に戻って、『・・・ああでも言わなきゃ、来ないでしょ』って言った。その目が、でも、少しイタズラな感じで。やっぱり柿本さんはかっこいいなと思う。ていうか、 意図的なのか無意識なのかは分からないけど、柿本さんは私の扱いがうまいんだ。ほら、雷のときもお祭りのときも、今も。そんなだから、なんだか今までにないくらいドキドキする。頬がゆるんでしまう。今までなかったな、こういうの。


「じゃあ、柿本さん、今度は柿本さんが私のところに来てくださいね!バスの運転はできないけど、色んなところ紹介します!」


もっともっと一緒にいたいけど、柿本さんやお父さんたちを困らせるわけには行かない。柿本さんは、私の言葉に優しい目で頷いてくれた。好きだなぁと思った。また名残惜しくなってしまう前に『もう行きますね。柿本さん、お体に気をつけて!』って言って、 私は柿本さんに背を向けて走り出した。体が、気持ちが、さっきよりもずっと軽い。ばいばい柿本さん、ばいばい沖縄。





















微かに、でも確かに柿本さんの声が聴こえて、また涙が出そうになった。必死でこらえて、立ち止まって、振り返る。柿本さんはずるい。私の扱いがうますぎる。そんなんだからこんなに惚れちゃったんですけど、どうしてくれるの柿本さん。 悔しいから、大きく手を振る。柿本さんが、そっと微笑んだ気がした。



***



無事搭乗にも間に合って、いつもの日常に戻るために、私は飛行機の指定席に深く座った。さっき柿本さんに貰った写真は、まだこの手の中にある。ふと見ると、その綺麗な古い写真の裏に、『柿本千種』という文字と11桁の数字が書かれてあった。 こういうことだったのか。柿本さんらしいなと思って、思わず笑ってしまった。今日、旅館の消灯時間が過ぎたら、この番号押してみようかな。




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