焦った、それ以外にあの心情は表現できない。





帰ってきて、驚いた。まず、部屋の中がが真っ暗だった事に。次に、電気が点かない事に。次に、部屋の奥から苦しそうな咳が聴こえる事に。

暗闇の中、が倒れている事に。


!!」
「こりゃあ・・・!」


駆け寄って、抱き起こす。暗闇の所為で顔色が分からないのを恨めしく思った瞬間、電気が点いた。ロマーリオだ。彼が銃を構えつつ居間に駆け込んでくるのを横目で確認しながら、を呼ぶ。顔色は蒼白で、その頬は涙で濡れていた。


、大丈夫か!?何があっ・・・・・・」


オレの言葉は、そこで一旦途切れた。がオレに抱きついてきたからだ。


・・・・・・?」
「・・・ごめっ、なさぃ・・・・・・・・・・」


涙混じりに謝ったは、ゆっくりと意識を失っていった。オレはロマーリオに指示し、すぐさま医療班を呼んだ。




















の容態は・・・?」
「極度の精神不安定で、パニック状態に陥ったのでしょう。過呼吸と異常な動悸が見られましたが、今は安定しています」
「そうか・・・・・・」
「お伺いしますが、ボス、彼女は・・・?」
「今ブルータスが調べてる」
「何故ボスの部屋に」
「おっと、それ以上は野暮だぜ」
「ロマーリオ・・・」


心配からだろうが、詮索してこようとしたドクターに、ロマーリオが返した。別に誰に何を言われても何でもいいが、しかし、オレだって知らないのだ。彼女が誰なのか、何故ここに居させているのか、何故倒れていたのか、何故彼女がオレに謝ったのか。

命に別状はないと分かり、一息ついたオレは、部屋の様子を探ってみた。しかし、以外の誰かが居た形跡も、荒らされた形跡も、特には無い。今現在オレたち以外に誰かが居る気配も、ない。念のためロマーリオが盗聴器や発信機の類のものがないか、の荷物も含めて調べたが、それもなかったようだ。ブレーカーは落雷によって落ちたらしい。気にかかったことを強いて挙げるなら、の荷物がまとめられていたことと、ゴミ箱に破って捨てられていた、おそらくが書いたものであろう『Grazie, ciao.』の書置きだ。は、一度ここから出ようとしたに違いない。


「んぅ・・・・・・、」
「! ・・・?」


小さく身じろぎをしたの口から、微かに声が漏れ、オレは意識を彼女に戻した。名前を呼べば、うっすらと瞳が開いて、少し眩しそうにしたのち、オレの方を見た。瞳はまだ濡れている。


、聞こえるか?」
「ディー、ノ・・・?」
「そうだ、オレだ。具合はどうだ?」
「・・・・・・わたし、?」
「倒れてたんだ、真っ暗な部屋ん中、・・・どうした?」


『真っ暗』とオレが言った瞬間、生気の戻りかけた顔に恐怖が表れて、目には再び涙が溜まりつつある。あからさまに様子がおかしい。動揺し始めた彼女の手を取って、しっかりと握ってやる。もう片方の手は、無意識のうちに彼女の頭を撫でていた。


・・・?」
「ディーノ、私、だめ、・・・・・・」
「だめって、何が、・・・・・・暗闇が、か?」


オレの言葉に、彼女はゆるく頷いた。すると、横にいたドクターが『精神疾患の一種・・・暗所恐怖症でしょうな、おそらく』と言った。


「暗所恐怖症?どういうことだドクター?」
さん、といったかな、怖いのは暗闇だけかい?」


そう尋ねるドクターに、は不安そうな目をしてこちらをちらと見た。オレは、『コイツはオレが信頼してるドクターだ、心配すんな』と言いながら、握った手に力を込めた。はそれで少し落ち着いたのか、ドクターの方を向いて口を開いた。


「真っ暗闇が、だめで・・・あと、狭いともっと、だめ」


掠れた声でそういうを見ながら、オレは何故だか無性に腹が立っていた。

ロマーリオによれば、ブレーカーが落ちてから俺たちが戻ってくるまで、そんなに時間は経っていなかったらしい。言われてみれば、もうすぐ家に着くというところで、一際大きな雷鳴を聞いたのが思い出せる。そんなわずかな時間で、意識を失うほどに彼女を衰弱させてしまった暗闇に、彼女がそれほどまでに暗闇を怖れるようになった、その原因に、こんなに憤りを感じるのは何故だろう。ついさっき、意識を取り戻した彼女の目に自分が映ったのを見て、酷く安堵したのは、どうしてだろう。愛する仲間を傷つけられた時の感情に限りなく近いようで、少し違う、これは一体何だろう。


「ボス、ひとまず本部に戻った方がいいんじゃないか?ボスはともかく、彼女がここにいるのは違うだろ。あんまり彼女が人目につくと、奴さんたち、彼女を狙ってくるかもしれないぜ?」


ロマーリオの声がして、我に返る。そうだった、昨日から(というよりに会ってから)すっかり忘れていたが、ここはオレの本当の家じゃないんだった。いつもは本部で部下と一緒に生活をしているのだが、それじゃあここは何かというと、近頃オレを狙っているという噂の、とあるファミリーをおびき寄せるための仮住まい。プライベートで一人ならば何かをしかけてくる可能性が高いと踏んでの、オレだけの一時的な転居先だった。といっても、目的があからさまに見え過ぎていて、先方のファミリーはそう簡単に引っかからず、それこそ昨日、そろそろ本部に戻ろうかという話もしていたところだ。


「そうだな、戻るか、向こうの方が安全だしな」
「忘れてたって顔してるぜ、ボス」
「いちいち言わなくていいんだよっ」


そんな遣り取りをしているオレたちを、よく事情が掴めないな・というような顔でが見つめていたのは視線で分かっていたのだが、突然ふふっと笑ったような声が聞こえて、オレたちはバッとを顧みた。そして、固まった。初めて見たの自然な笑顔は、彼女にとても似つかわしく、綺麗だった。




















を本部に連れていくのには、素性の知れないを暗に拘束する意味も含まれていた。が、件のファミリーか、もしくはそれ以外の何かの差し金だという可能性も、捨て切ってはいけないからだ。しかし、少し落ち着いて元気になり、そんなことは微塵も知らないという風に、ただただ俺たちの屋敷に圧倒されてキョロキョロしているを、オレはとても可愛いと思った。


「今はこの部屋が空いてる。、自由に使っていいぜ」


そう言って案内したのは、オレの部屋から一番近い空き部屋で。その道中で部下たちの部屋の前を通って来たから、俺たちの後ろには、いつの間にか『へぇ、可愛い子じゃん、やるねーボス』だとか『名前なんてーの?』だとか云々抜かすギャラリーが大勢できていたことには、この際気付かなかったことにしたい。


「ディーノの、部屋は・・・?」
「オレの部屋?」


オレがココのことを簡単に説明し終えたあと、が気恥ずかしそうに尋ねてきたのは、オレの部屋の場所だった。ここならあらゆる敵襲に備えた万全の態勢が整っているため、落雷があろうと何があろうと大丈夫だとは伝えたのだが、やはり不安なのだろう。に頼られているんじゃないか・なんて、随分と些細なことなのに緩む頬を隠しつつ、彼女をオレの部屋へと案内した。ギャラリーはいつの間にか消えていた。