でも、ここに居てほしいと思った。




に優しくして、面倒を見て、どうするつもりかなんて聞かれても、今のオレは答えられない。どっちかってーとオレが聞きたいぐらいだ。そうだ、誰か教えてくれ。一体オレは何がしたいんだろう。

そんな事を考えていると、と目が合った。不思議そうな顔をしている。


「・・・何?」


そう言ったの声に、オレの心拍数は急上昇した。の声が色っぽかっただとか、そういう意味ではなく、無意識に彼女の顔を見つめていた事に気付いたからだ。急に、頭の中が真っ白になった気がした。


「え、や・・・・・・その、の笑った顔見てみたいなーなんて・・・」
「えっ・・・・・・」


の驚いた顔を見て、一拍おいて、オレは自分の言った事を認識した。何て事を言ったんだと思った。また無意識に、口が動いていた。今度は予想外で、至極驚かされた。なあ誰か教えてくれ、一体今この瞬間のこのオレは誰だ。


「いや、ゴメン何でもねぇ!忘れてくれ!」


慌ててそう言いながらの様子を窺うと、彼女は少し俯いて、心持ち頬を赤くしていた。柄にも無く久しぶりに、可愛いと思った。それがうっかり顔に出そうになって、オレはまた慌てて話題を変えた。


、オレ、午後からちょっくら仕事が入ってんだ」


オレがそう言うと、はぱっと顔を上げた。その顔はもう赤くなかった。


「1時からだから、もうすぐ出よ「じゃあ私・・・荷物、まとめる」


オレの言葉を遮ったの、その言葉が脳みそに届いたとき、オレはまず耳を疑った。そして、自分の耳を疑った自分自身を疑って、焦った。オレは、がいるもんだと思ってた。昨日まで無かったその存在が、もうすでにあるものになっている。たった数時間しか過ごしていないのに、まだ全然のことを知らないのに、 さらに言えば、が俺にとって信用に足る人間かどうかもまだはっきりしていないのに。これは、手放すことを恐れている、のだろうか。それはあまりにも、唐突で無防備で浅墓、ではないのか。そうだと認識していながら、今からオレは、何を言おうとしているのだろうか。


「そ、そうじゃねぇ、出てけなんて言ってねぇって。な、。オレが居ない間、留守番しててくれよ」
「えっ、でも・・・」
「晩飯、が好きなモン買ってくる。お望みとあらばオレが作るぜ。何がいい?」


きっとから見て、俺は必死だったに違いない。をどうすれば留めておけるかを考えるのに必死だった。だって、『お望みとあらばオレが作る』だなんて、滑稽にもほどがある。今日はがいるから上手くいくかと思ったけどやっぱりダメだった黒焦げのハムを見て、少しだけ目を丸くしたあと、 何も言わずに新しくハムと卵を焼いてくれたのはだった。そんな先程のことを思い出し、少し苦笑しながら、を見る。必死さの裏に悪意がないことが伝わったのか、は小さくこう言った。


「・・・・・・ペンネ、トマトソースの」
「よし分かった、約束な」


約束、その言葉にグッと心をこめて言うと、は曖昧に頷いた。曖昧なあたりが完全に得心できなかったけど、そんなもんだろうと思い、二回の頭を撫でて、オレは荷物をまとめはじめた。










「6時には帰ってくる」
「・・・うん」
「帰ってきたらトマトソースのペンネな」
「うん・・・・・・」
「留守番、頼んだぜ」
「・・・・・・・・・・・・・うん」


がちゃんと頷くのを見てから、もう一回彼女の頭を撫でて、オレは玄関のドアを開けた。ドアの前の廊下に片足を踏み出した。










「あの、・・・・・・ありがとう」


突然のその言葉に振り返れば、そこには、俯き加減で頬を赤らめ、どこか泣き出しそうに微笑んでいるが居た。

気付けば、オレはを抱きしめていた。雨はまだ降り続いていた。