とりあえず、『沢山払うよ』と答えておいた。




「・・・・・・いくら?」


その一言で、彼女の事がある程度分かった気がした。彼女は今、シャワーを浴びている。首を横に振る彼女に、『風邪ひくといけないから』と無理矢理オレが入らせた。


「・・・オレもどうしたもんだか・・・・・・」


初対面で、しかも『いくら?』などと普通の顔で聞いてくる女の子を、家に招き入れるなんて。その子の体を心配して、お風呂まで貸すなんて。心配は嘘じゃない。女の子にやさしく・は、イタリア男なら当たり前だ。ただ、良心からと言っても嘘ではないが、本能からと言っても嘘ではないだろう・と、何だかんだ言って彼女を女として見ている自分が居る事に気付いて、酷く嫌気を感じた。

確かに、綺麗だ・とは思ったのだ。そして実際、蛍光灯の下で見た彼女は綺麗だった。若いというより幼い、そんな感じの年齢だと思う。ただ、可愛いだけでなくどこか綺麗で。身寄りがないというより家出をしたのだろう、と感じさせるのは、雨に濡れている以外は別段みすぼらしい恰好でもなかったからだろうか。体温が下がっていて顔色は優れなかったが、それでも頬のふくらみは健康的だった。

境遇は知らないが、哀れんだり、ましてや欲情したりだのという感情はない。だがしかし、彼女を招き入れて、これから一体どうするつもりなのか。彼女が望んだわけでもないのに、恩と呼ぶには中途半端なモノを被せて、彼女に一体何を望むのか。分からない事もなく、分かる事もなく、考える事もなく、考えない事もなく。気付けば、居間の入り口に、シャワーを浴びて少し血色の良くなった彼女がいた。


「そんな所に立ってないで、入ってきていいんだぜ」


オレがそう言えば、彼女は少し躊躇った後、ゆっくりと部屋に入ってきた。やっぱり、綺麗な子だな・と思った。


「なぁ、名前は・・・っと、オレの方がまだだったな、オレはディーノだ」


彼女の目が少し、見開かれた。驚いたんだろうと思った。オレの名前は、この辺りの路地裏ではよく知られている。なにせ、ここはキャバッローネが統治する街だ。普通の家庭で普通に暮らしている分には、まだオレの名を耳にする確率は低いが、彼女は見るからに独りで、幼く、普通ではない。そんな彼女だ、オレのことを知っていても不思議ではないだろう。

名前など、そんな事を聞いてどうするつもりだ。心の奥から問う声が聞こえたが、無視を決め込んだ。純粋に名前を知りたいと思っただけだった。何かに引きずられる感覚は、いまだにある。居心地の悪いような良いような、緊迫感の有るような無いような、強いて言えば、師であるリボーンと対峙した時に感じるその感覚と似ている。


「嘘吐いてもいいぜ。オレの名前も、まぁもうこの名前で生きてくって決めてっからいいけど、コードネームだしな」


彼女にソファを勧めつつ、心にもないことを言って返事を促した。嘘は、できれば吐いてほしくない。彼女の本当を知りたかった。少し、緊張する。いや、もう随分前から緊張していたのかもしれない。いつもならもう1個ぐらいグラスを割っててもいい頃なのに、今日はまだ何もない。ゆっくりと座った彼女は、抑揚も無く、掠れた声でこう言った。


「・・・
「おっ、いい名前だな」


それから、オレはに沢山色んな事を聞いた。『これじゃを買ってく奴らと一緒なんだろうなぁ』と思いながら、色んな事を聞いた。出身、歳、学校のこと、好きなもの、音楽、色々。は、それでも嫌な顔もせずに(かといって嬉しそうでもなかったが)、一つひとつ簡潔に答えてくれた。

ただ、家族の事だけを除いて。


***


気付けばもう、時計の針は4時半をまわっていた。思い出したように眠くなったオレは、あくびをひとつ噛み殺し、一回伸びをする。そうしてやっと、しまった・と思った。を見やる。その顔は、疲れているようだった。そりゃそうだ、彼女と出会った時点で、もう大分いい時間だったのだ。申し訳なく思いながら、オレはに言った。


「すまん、遅くまで付き合わせちまったな。そろそろ寝るか?」


そう尋ねた後で、言い方が悪かったと思った。が立ち上がって、服に手をかけ始めたからだ。


「ちょっ、待てって!違ぇんだ、そーゆー事じゃなくて・・・」


オレは言葉を捜した。が、少し怪訝そうな顔をして立っている。オレは心なしか情けないような気持ちになって、から目を逸らした。


「その・・・セックスじゃなくて、オレ眠ぃんだ、だからその、はどうする?って・・・・・・?」


トサッという音がして、見れば、が床にへたり込んでいた。そのブラウンの瞳は水気を帯びて潤っている。


「っ、?!すまねぇ、オレ何か気に触る事言ったか?・・・?」
「・・・・・・違う、何でもない」


それ以外、は何も言わなかった。

オレが眠りについたのは、にベッドを譲り、そこに寝かしつけてからだった。居間のソファは、少し堅かった。