たまたま部活もなく、面白くもない授業の日だった。ちょっとした気が向いて、とにかく用事もなくて、それが癪に触って。俺は校内をフラフラと、徒然に彷徨った。アテはない。理由もない。面白くも、当然。

憂鬱な日。

ただ無意識に歩けば、自分の足音だけが聴こえてくる。こんなマンモス校の休み時間中、周りにはフザケるなと思うほどの人がいるのに。随分可笑しな話だ・と思った。雑音もない、雲もない、風もなければ、鳥や蝉の声すらない。 世界中に一人だけのような、そんな感覚。このままとっぷり闇に浸かれそうな、そんな勢い。


「くだらねェ」


そうポツリと漏らした声は、俺を動揺させるには十分に響いて。突然、泣き出したいような衝動に激しく駆られて。意味も無く、急にに会いたくて愛しくて堪らなくなって。俺は、ただひたすらに走った。













そっと名前を呼べば、お前はやわらかく振り返る。決して口に出して言ってはやらないが、俺はその瞬間がとても嬉しくて。


「総悟」


何を言うでもなく、お前は純粋に俺の前に存在してくれる。ただそれだけの事が今までにどれだけ、俺を救ってくれたか。両手両足の指じゃ足りない。

なるべく空気すらも揺るがせないようにに近付けば、その顔が綻ぶのが見えた。毎日会っているというのに、それが酷く懐かしく思えて。動揺と衝動と狼狽と、動悸と荒い息がバレないように、を抱きしめた。





大きな、この学校敷地の隅っこにある楠の下は、俺達の逢瀬場とでも言おうか、暇さえあれば俺達はここへ来て、お互いがやって来るのを待ちながら、読書をしたり、うたた寝をしたり、思うままに流れる時を過ごす。 特にここへ来ようと約束した日はなく、いくら待てども相手が来ない時もあり、そんな出来事を含めて全部、俺との居場所はいつもここだった。
でも、今日は絶対がここに居るような気がして。


「総悟、暑い」
「俺もでィ」
「・・・・・・離してくれる気はないんだ」
「当然」


いくら木陰だといっても、いくらそよ風が吹いているといっても、暑いものは暑い。額に少し、汗が滲むのが分かる。鬱陶しいと思いながらも、から離れるつもりはなく。の肩に廻していた手をそっと、今度は頭にスライドさせて、もう一度抱きしめ直した、その刹那、鳥のさえずりが聴こえていることに気付いた。





「・・・・・・・・・・・・・・」
?」


名を呼んでも返事をしようとしないを不思議に思い、少し体を離して顔を覗き込めば、そこには、何とも言えないような表情をしているがいた。俺が『どうしたんでィ?』と尋ねると、は瞳の色はそのままにして微笑んで。


「総悟は勿体ないことしてると思うな」


俺は意味が分からず、少々呆気にとられつつも、そのままを見つめ続ける。


「総悟が思うよりも、ずっとずっと綺麗な物がすぐそこにあるのに」


『ホラ』と、そう言っては自身の真上を指差した。その指と視線の先を追えば、目の前に広がったのは満天のほしぞ、ら。


「いつも総悟はここで下向いてばっかりだから、ずっと勿体ないと思ってたの」
「・・・・・・コレは、?」
「楠の葉が生い茂りすぎてるせいで太陽の光が遮られて、ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ホラ、偽者でもこんな風に輝く時があるんだから」
「・・・・・・・・・・・・」


「だから、本物の輝きを持つモノが見えない訳ないじゃない」


再び俺へと戻ってきたの視線を受け止めれば、今度は混じりっ気のない笑顔が見えた。の声は、真っ直ぐにストンと俺の中に落ちて、弾けて散らばっては、俺の心の中を隅々まで照らしてゆく。葉の隙間から零れ落ちる、消えそうな光たちのように。

俺が俺を見失ったと感じている事など、本当の自分が分からなくなってきた事など、俺はの前で一度となく、口にも態度にも出さなかった筈なのに。まるでその心中が分かっているかのように、閉じかけた俺の心をノックするように、は、そっと諭すような言葉をくれる。きっと本当に分かっている訳ではないのだろうけど。


、お前って奴ァほんとに・・・」
「何?」


きっと俺がこの台詞を言えば、もう一度、いつも通りは笑ってくれるだろう・と、そしてきっと、俺が伝えたい事も分かってくれるだろう・と、そんな自信があるからこそ。


「バカ、だろィ」





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