やりたいこと、夢、ほしいもの、そういった類のものは全て、ことごとく消え去った。消し去ったのかもしれないけど。結論から言えば、別に夢がなくても食べるのも食べてりゃ生きていける訳だ。ただ単純でつまらない客観的狡猾な人生を歩んでいくだけの話。 虚像に踊らされるぐらいなら、そんな寂しい人生を送っても構わない。

でも所詮、自論は自論、本能は本能。人として生きている以上、どうしても何かが足りなくてたまらなくなる時がある。何が悪い訳でもないのに無性に腹が立って、そんな自分が酷く嫌いで。泣きたくても泣けなくて、笑えないのに笑ってみて。 もういっその事、爆発してしまえればいいのに・と思う。

そんな時、あたしには一つだけ、たった一つだけ、頼りにしたいと思うものがあって。でも素直に頼りたいとは言えなくて。と言うより、頼っていい権利を持っているか分からなくて。そのうちに頼るって何だったっけ?的な事を考え始めて、結局頼れずじまいで。 この感情を『まぁ仕方無いでしょ』で終わらせるのが私の得意技となった。


「・・・またここにいたの」
「・・・・・・あたしそんなに頻繁に来てた?」
「いつもいるでしょ」


そう言いながら私の隣に腰を下ろしたのは、柿本千種。特に用もないくせに、この河原であたしを見付けては隣に座る男。飽きもせず、声も出さず、あたしの隣でいようとする男。不思議で変でメガネでウザいのに、どこかカッコいい男。


「ねぇ」
「何」
「・・・・・・・別に」


あたしがそう言うと、いつも少し間をあけて『・・・そう』と返す。それだけで、問い詰めもせず、怒りもせず、心配すらせず。ゆえに、ありがたくもあり、嬉しくもあり、切なくもあり。だから頼れなくなってしまう。本当は誰かに助けてほしいのに。できれば千種に助けてほしいのに。

夕暮が夕闇に変わり、冷たい秋風が切なさを増す。もう眩しい夏も終わり、河原でひたすら時間を潰すには適さない季節になりつつある。










「・・・、見て」


突然隣から聴こえた声に、まず驚いた。『何を?』など思う暇もなく、無理矢理肩を押されて仰向けにされたことにも、そして、まっすぐ見上げたその先に広がる、現代の薄汚れた空では見られないのではないかと思うような星たちの舞台にも、当然の如く驚いた。


「届きそう」
「・・・・・・うん、綺麗」
は、こんなの初めて見たんじゃない?」
「・・・・・・・・・う、ん」
「夢・・・みたいだろ」


その言葉に、はっと息を呑む。図星と言う以外に形容の仕方は知らない。

そもそも夢とは何だったのか・なんて、そんな哲学的な事を考えたって意味がない事ぐらいは分かる。でもあたしは今、はっきりと夢を感じた。夢なんてものについては分からないけど、確かに感じたのだ。普段は何もしゃべらないくせに、千種の言葉はそのまま続いた。


「・・・ここでこんな景色が見れるとか、俺も夢にすら思ってなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「届きそう、なんて、夢みたいなことだって考えなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも・・・今、俺はこの景色を綺麗だと、夢みたいだと思う」





「結局夢なんて、理想であり現実なんじゃないの」





そう言って、千種はあたしの頭を撫でた。仰向けだったお陰で、涙は溢れなかった。

理想や望みが夢だというのなら、それはそれでイメージ的にピッタリだと思う。でも夢を見ている自分が存在するというのなら、それは現実以外にありえない。しかも見えない夢や消えそうな夢があるというのなら、夢を見ている事に気付かないのは当然だ。 みんな夢を見てないんじゃない、見ている事に気付いていないだけ。ただ、夢については自分しか知らないことだから、それを示唆してくれる人がいないだけ。夢を見ていないと感じる事や気付いていない事を、恥じる必要はどこにもないのだ。

さっき千種があたしに言いたかったのは、きっとこういう事なんだろう。


「どうもありがとう、ちくさ」


あたしがそう言えば、千種は少し驚いたような顔をして、『何で』と言った。

きっと千種は分かっている。あたしが悩んでいた事も、あたしが助けを必要としていた事も。全部じゃないけど少なくとも、バケツ一杯分ぐらいは。

もう、頼ろうとするのはやめにしようと思う。きっとこの先も、だって、千種はあたしを救ってくれるから。甘えなんかじゃなく、怠惰なんかでもなく。今この一瞬一瞬に、千種に対する抱えきれないほどの感謝と愛情を感じるから。





見上げた真っ黒い空に浮かぶ星たちは、ずっと見つめていると消えてしまいそうになる。見失ってしまうのが嫌で、一度目を閉じて、再び開いてみると、星はやっぱり、そこにあった。これからはちょっとだけ、夢を見付けられるかもしれない。あたしの隣に、千種が居てくれるのならば。





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