君が染まるはの色   


最近気がついた。何をやっても面白くない。というか、心底楽しめない。前はどんな時もバカやってバカ言ってバカ騒ぎして、思いっきり笑ってた。バカみたいに真剣になってバカみたいに落ち込んでバカみたいに悔しくなって、ひどい顔で泣いてた。以前の私は、そんな最高のバカだったと思う。

だけど、今はどうだろう。部活も終わったし、体育祭も文化祭も終わって、学校行事と言えばもう残すところ卒業式しかない。家では普通の家族生活が待ってる。彼氏とは、三年にあがってから別れた。ていうかフられた。理由は、受験に専念したいから、だそうだ。 あれだけ好きだったバラエティー番組も最近は見なくなったし、ドラマも途中で飽きちゃうし、ラジオは暇な時に聴いてるけど、誰がどんなこと言って何の曲が流れてるかは知らない。机のある環境で過ごすことが多くなって、なんやかんやで気づいたら受験戦争だ。そうだよ、これだよ一番の原因は。 何を楽しもうとしても、心のどこかに『受験』という言葉が引っかかって、意識がそっちに引っ張られていく。受験なんて勉強してたらすぐ終わると思ってたけど、とんでもなかった。本当に、自分がよく分からなくなってくる。

教室から見えた外の空気が気持ち良さそうだったから、ちょっと休憩するつもりで、私は『受験』をずるずる引きずりながら屋上へ来た。キレイな空。だけど、どこかくすんで見える。面白いと思う心と一緒に、キレイだと思う心も消えて行こうとしているようで、だんだん世界がモノクロになっていくように思えて、 それがとても悲しかった。

フェンスに手をかけて、覗き込むように下を見れば、この屋上が結構高い位置にあることに気がついた。落ちたら確実に死ぬな、これは。

死ぬって、どんな感じなんだろう。





「死ぬのか、お前」


いきなりそんな声がして、私は驚いた。声の方を見やれば、ひとり昇降口のドアにもたれかかって、虚ろに空を眺めている男がいた。すらりとした容姿、少し赤みがかった黒髪。見たことある、確か、Z組の高杉くん。


「死な、ないよ」


高杉くんとはあまり関わらない方がいいって友達が言ってたから、私もじゃあそうしようと思ってたのに、普通に返事をしてしまった自分にびっくりした。何やってんの私、ちゃっかり関わっちゃったじゃん。しかも噛んじゃってるじゃん恥ずかしい。彼は、私の言葉に俯いて、溜息交じりに『・・・面白くねェ』と呟いた。 あれ、面白くないっておかしくないですか。ていうか怒らせちゃったかし、ら。


「せっかく人が死ぬとこ見れると思ったのによォ」


とても残念そうに言って、彼はそっとドアから体を離した。残念がるところがおかしいと思ったけど、それを言ったらまた彼の機嫌を損ねそうだったから、とりあえず『・・・ごめん、』と気持ち程度に謝ってみた。そしたら高杉くんは、ちらりとこっちを一瞥して、喉の奥で笑った。あ、機嫌直ったのかな。


「じゃあなんでそんなつまんねェ顔してんだ、紛らわしい」


そう言いながら、高杉くんはゆっくり私に近づいてきた。それが少し威圧的で、私は後退り。でもすぐフェンスが背中に当たって、カシャンと鳴った。それを見た高杉くんが、また笑う。なんだ、ご機嫌だな。


「・・・それは、つまらないからだよ。全部くすんで見えるんだもん」


ほっとしたら、また声が出ていた。おかしいな、関わらないはずだったのに、なぜか話してるよ高杉くんと。しかも語ってる。気でも狂ったのかなぁ、私。そのうち山月記みたいに虎になっちゃうんじゃないかな。あはは、笑えないや。


「全部、なァ・・・じゃあ俺もくすんで見えてんのか」


気にくわねぇ。そう言って、目の前まで来た高杉くんは、いきなり私の右手を掴んで引き寄せた。彼との距離が急激に縮まって、唇に小さな痛みが走る。そうして、一瞬だったのか暫らくだったのか分からないけど、いつの間にか高杉くんは私から離れていた。私はいまいち状況が飲み込めないまま、高杉くんの顔を見た。 その唇に、


「周りはくすんで見えても、てめぇのモンなら色も判るだろ」


高杉くんは、その唇のを舐めとった。それを見ながら、私は痛みが走った自分の唇に手を当てた。ぬるっとした感触がして、唇に触れた手を見れば、


「そいつが俺の色だ。覚えとけ、


嬉しそうに喉の奥でもう一度笑って、高杉くんは踵を返して去っていく。私はもう一度、唇に触れたほうの手を見た。それはそれは綺麗な、高杉くんの、色。久しぶりに見た、くすみのない色。 私は高杉くんと同じように唇のを舐めとりながら、遠ざかった彼の背中を見て、そういえば、気づいた。乱暴だったけど、あれは・・・




彼越しに見た秋空は、とても鮮やかだった。




(顔まで真っ赤に染めやがって、面白ェ女)