私だけの魔法使い    


※ミルフィオーレとの戦いで10年前の自分と入れ替わっちゃった辺りのお話です。

最近、並盛の治安が悪い。それもここ数日という話ではなく、随分と前から。物々しい車や人をよく見かけるようになり、街の姿もがらりと変わった。ときどき人外の何かを見かけたって人もいるくらい。住んでいられないと去って行った知り合いもたくさんだ。そんな並盛に私がとどまっている理由といえば(正直物騒で怖いんだけどね)、おじいちゃんの代からやってる花屋を私が単純に継ぎたかったのと、あとは、腐れ縁のような幼馴染がここを絶対に離れようとしないから、だったりする。小さい頃から花が大好きで、というか植物が大好きで、花屋をやっている自分の家がすごく誇らしかった。今の治安の悪さが影響して店の経営は若干傾いてるんだけど、そこはきっと彼が何とかしてくれるに違いない。並盛の風紀を乱す輩を、昔から一網打尽にしてきた、あいつが。

とは言っても、その彼もひと月ほど前に『しばらく来れなくなるかもしれないね』と言ったきり、本当に姿を見せなくなってしまって。(それまではコンスタントに顔を見せに来てくれてたのにね。)おかげさまでこの並盛は荒れ放題だよ雲雀くん。ほんと、どこで何をやってるんだか。なんて強がってはみるものの、本当は心配で心配で居た堪れないのですが。

私と恭弥は同い年で、幼稚園の時から中学まではずっと一緒だった。私はそこから普通の高校と大学に進学したけど、恭弥はさっぱり、何やってるんだか分らなかった。でも相変わらずずっと学ランは着てたし、どこか近くの学ランの高校にでも通ってたのかなぁ、そんな高校ないんだけどなぁ。それでも、勉強はなぜかいつも私よりできてて、なんだかもう彼は彼で問題ない、っていう感じで。で、私が大学を卒業する頃に、彼は黒いスーツに身を包むようになった。もう何が何だかわけがわからん。

恭弥は群れるのが嫌いで、だから必然的にそばにいた私もそのとばっちりを喰らい、とことん親密になった友達はひとりもいな・・・あれ、これ私なんだかかわいそうな子じゃないか。女の子はともかくとしても、男の子とはほとんど接点がなかったなぁ。ていうか向こうさんがね、近寄ってこようとしないんですけどね。(あ、でも中学の時の獄寺くんや山本くんや、あと沢田くん・・・だったっけ?は、なんだかよくしてくれたな、元気だろうか。)そんなだから、早い話が私は恭弥しか見てこなかったわけで。さらに言うと、雲雀恭弥という男がこれまた端正で良く出来た御方ですから、そりゃあね、惚れるでしょうとも。だけど恭弥は相変わらずで。(いや、まあ、一度や二度ぐらいは何かあったような無かったような・・・)別に彼女だとかそんな枠に収めてくれなくてもいいや傍にいられるなら、なんて吹っ切れたのは大学生の頃。あーあ、なんだか青春を棒に振ってないか私、恭弥のせいで。そういえば、でも、恭弥の浮いた話は聞いたことないなぁ。長い付き合いだけど、見目麗しいお人だけど、全っ然。まあ私の知らないところでヨロシクやってるんだろうな。(自分で言って自分でグサリときてたら世話ないね、私。)ちなみに、何故か彼の中では私がそばにいても群れてることにはならないらしく、よく分からないけどそんな感じでここまで来ている。

て、いうか、何の話だったっけ。あ、そうそう、そんな感じで長く彼のことを見てきた私だから、心配してないわけがないでしょ、という話。実は最近、黒いスーツに身を包んだ人が重傷で倒れてるところに遭遇してしまって。その人の服装が服装だっただけに、それまで閉じ込めてた不安が一気に溢れ出してきて、気付いたら私は恭弥の携帯に電話していた。でも、電源が入っていないか電波の届かないところにいるとかで、繋がらず仕舞い。それから何度かけても何時かけても、結果は同じだった。


「ほんと、どこでなにしてるんだよう、」


今日も今日とてお客さんはゼロ。そんなだから、お店でひとり、考えてしまうのは全部彼のこと。きりり・と、胸の奥が痛む。

そういえば、確か10年ぐらい前にも、一度恭弥が姿を消したことがあった。今回みたいに前置きもなく、急に学校にも来なくなって、ぱたりと見かけなくなった。家にもいないし、応接室にもいなくて。私はとても不安で不安で、学校が終わったら、ご飯の時間まで街中を探し回っていた。それで、それで・・・・・・そうだ、ある日、何かのきっかけで不安に押しつぶされてしまって、ひとり路地で泣いていたら、長身で黒づくめのスーツの男の人が急に慰めてくれたことがあった。不思議なことにその人は、ちょうど今の恭弥にすごく雰囲気が似ていて(顔は涙でよく見えなかったんだけどね)、何故かすごくほっとしたのを覚えてる。そう、大きな少し冷たい手で、こんな風に頭を撫でてもらって・・・・・・

え、こんな風に・・・?


「なんだ、また僕を心配して泣いてるのかと思ったけど、案外平気そうだね」
「き、恭弥!」


ふと気がつくと、辺りは紫色のもやが立ち込めていて、今自分がどこにいるのかもわからない。そして目の前には、ついさっきまで私の心配の種だった人。


「お、驚かさないでよ、ていうかなにこれ、ここどこ・・・?」
「まあ、危険な場所ではないよ」
「何それ・・・・・・えっ、恭弥、なんか透けてない・・・?」


目の前にいる恭弥に、触れることもできるし会話もできてはいるんだけれど、どういうわけか彼も少し、紫色に透けている。なんだろうこれ、よくテレビで見るよ、ねえ、これって恭弥、幽霊ってことなんだろうか。どうしたの、どういうことなの。なんだろう、恭弥の顔を見て安心したはずなのに、またじわりじわりと不安に侵食されていく。


「ああ、これ。話せば長いから気にしなくていい」
「いや、でもだって・・・・どうしちゃったの?」


目に涙がたまってるのが自分でもよく分かる。なんだこれは、せっかく恭弥がいない間は泣かずにいたのに、恭弥がきた途端にこれだ。だけど恭弥も恭弥だよ。なんで透けてるの、この紫色は何なの、どこ行っていたの、無事なの、帰ってこれたの、並盛はどうなるの、そんな私のぐるぐるした気持なんか微塵も知ったこっちゃないって顔して、飄々としてるなんて。急に出てきて何ですかあなたは、魔術師か何かですか、これは演出ですか、私の心をかき乱して楽しいですか!もう!


「まったく、君は僕が居なくても居ても泣くんだね」
「ま、まだ泣いてないじゃない!それに・・・もう、話噛み合ってないし、」
「まだこっちに戻ったわけではないけど、一足先に伝えにきた。並盛はじきに平和になるよ」
「へっ・・・?」
「・・・10年前と変わらない、締まりのない顔だね」


なんだか大事なことを言ったかと思えば、すぐさま聞き捨てならないセリフが飛び込んできて、どういうリアクションしたらいいかわかったもんじゃない。だけどかろうじて鼓膜に残った『並盛はじきに平和になる』の言葉に、彼の戦いが終わったことを悟って、大きく安堵する。やばい、涙がこぼれそう。


「ねえ、よく分からないけど、じゃあもう終わったの?恭弥は大丈夫なの?怪我とかない?」
「なに、そんなに僕が心配?」
「あ、当たり前じゃん!だって恭弥は大切な、」


せっかく人が心配してるのに、それを恭弥が面白そうに聞くもんだから、つい大きな声で当たり前だと叫んだはいいものの。ハッと我に返ってみれば、だ。何を言おうとしてたんだろう私、ていうか一体何を続けるべきなんだろう何が続けば収まりがいいんだろう、この『大切な』のあとに。目の前の恭弥は相変わらず面白そうに、『大切な、何?』とか聞いてくる。何、って、それは私も知りたいわ。


「大切な、・・・お、幼馴染だし・・・・・・」


別に私は気持ちをひた隠しにしてるわけじゃないし、きっとこんな私のことぐらい恭弥も気づいてるけど、それはそれで今までやってきた私たちなのだ。今さら取り繕うことはないけども、だけど、言えないことだってあるのだ。しどろもどろと幼馴染でごまかした私を、しれっとした顔で恭弥は見ている。


「ふうん・・・・・・まあ、今はそれでもいいけどね」
「えっ、何?」


恭弥の唇が動いて、何か言ったような感じだったんだけど、ふいに何か空間が歪んだような感覚がして、うまく聞き取れなかった。そういえば、冷静になって周りを見ると、だったものが徐々に紺色のような色に変わってきている。


「そろそろ限界みたいだ、もう行くよ」
「え、あ、もう行っちゃうの?ていうかどうなってるのこれ?」


『だから、気にしなくていいって』と笑って、恭弥が少しずつ色褪せていく。あれ、まって、そういう消え方は本当に幽霊か何かみたいでとても不安だよ恭弥。後から本当は死んでましたじゃ笑えないよ。ねえ、恭弥、

少し薄くなった恭弥が、また私の頭を撫でた。その感触に安心した途端、あの10年前の出来事がフラッシュバックする。まるで、あの時のスーツの彼が恭弥だったかのように。


「今度はちゃんと、会いに来る。泣かずに待ってなよ、





恭弥はその言葉だけ残して、気付けば、私はお店の中にいた。ずっとそこにいたかのように。

不思議な体験だったというか、もうすでに現実味がないんだけど、本当に私はついさっきまで恭弥と話してたんだろうか。ぽーっと呆けたまま視線を机の上にやれば、そこに一輪のがぽつりと置かれていて。さっきのもやのような、それは鮮やかな、アイリスの花。こんなところに置いた記憶は私にはないし、今この時期に、うちでアイリスは扱っていないのに。

でも、それを手に取って眺めてみたら、何故か恭弥の顔が思い浮かんで。もしかしたら彼が置いてったのかなとか考えてみたら、なんだかしっくりきてしまった。アイリスの花言葉は“よい知らせ”。もとからそんな律儀な人じゃないのに、わざわざ私に無事を知らせに来てくれたのか・と思うと、純粋に嬉しいし、それだけで気持ちが軽くなっていく。あのもやと半透明な彼は本当に不可解だったけど、まあ色んな意味で(私の気持ちもちょちょいと左右してしまう彼は)、本当に魔法使いみたいな人だ。なんて思うのは、きっと私だけ。




もうひとつの花言葉“あなたを大切にします”は、・・・さすがに期待しすぎかな




(泣いている10年前の君を見たら、いてもたってもいられなくなったんだ)