雲の位置は高く、太陽は眩しい。風はまだ南から吹き、少し湿った空気を僕に吹きかける。山は緑、空は青、子供が描いた絵のような、でも、憂いと切なさを隠し味にした写真の風景のような。 長月の空は少し、僕の好みではない・と思った。

煩く感じる鳥の声に、が空を仰ぐ。


「恭、行かないの?」
「行くよ」


基本的に、僕は群れるのが嫌いだ。群れている輩を見るのはもっと嫌いだ。群れていないと自分を守れないような、そんな動物達は咬み殺してやろう・と思ってしまう。この考えを直そうと思ったことはないし、当然直る兆しもない。 仕方がない、これが僕の性格であり、僕の信念なんだから。





「君に、僕の何が分かるの」


出逢ってすぐの頃、にそう言った事がある。が気付けば自分の傍にいて、僕は自分を見透かされているような気がして、それに大人しく耐えられるほど大人ではなくて、でも、それだけで彼女に咬みつけるほど子供でもなくて。 の存在を防御する術がなかった当時の僕は、力いっぱいの平静を装って、少しでもを突き放そうとした。

―――――僕は群れるわけにはいかない。

そういったプライドを、守り抜く為に。
でも、僕が発した言葉に、は微笑んで、何も分からないよ・と、言った。


それから暫くして、僕は彼女をと呼ぶようになり、そして、群れる事と愛する事の違いを学んだ。





手をポケットに突っ込んで、の少し後ろを歩く。彼女は真っ直ぐ前を向いたまま、今日あった出来事をゆっくり話す。学校からの帰り道、傾きかけた夕日を鞄と一緒に背中に背負って、嬉しそうに、楽しそうに、 僕以外の事を話すは嫌いだ。声は聞こえづらくて、まるで僕と違う誰かと話しているようで、僕はただ、酷くそれが気に入らなくて、の声が聴きたくなって。


「どうしたの?恭」


僕がの右手首を強く掴めば、その眉間に少ししわが寄った。それすら愛しくて、掴む手にさらに力を加えれば、『痛いじゃないの』と、彼女はそっと笑って言った。

僕はいつも、を痛めつける事しか出来ない。はいつも、僕を赦す事しかしない。それだからいつも、この感情のやり場に困るんだ。

をこの手でめちゃくちゃにしてやりたいと思う。
が嫌がっても僕の傍に置いておきたいと思う。
の全てを理解できるのは僕だけでいいと思う。
に近付く輩はなぶり殺してやりたいと思う。
は僕のものだと叫びたおしてしまいたいと思う。

そう、これは、愛故の純粋な支配欲と独占欲。





彼女の名を、僕の唇がなぞる。呼ばれたは、僕を見つめて。僕の名を、彼女の唇がなぞる。


「恭、何?」


をもっと、その愛をもっと、僕が違った形で受け止められるなら、きっと僕はを痛めつけずにすむだろう。をもっと、その愛をもっと、僕が欲してしまうからこそ、きっと僕はを痛めつけているのだろう。 感情のコントロールを上手くすればいいだけの話なのは分かってる。でもそれが出来ないのは、が尽く僕の感情を乱すから。時には、眠ってしまいそうになるほど曖昧に、時には、目がはっきりと覚めてしまうほど明確に、僕がを欲すれば欲するほど、 沢山与えてくれるから。仕方がない、これがの効果であり、長所なのだから。


「何でもないよ」


そう言って掴んでいた手を離すと、今度はが手を繋いできた。少々驚きながらもちょっとだけ握り返せば、は嬉しそうに笑った。

世界が巡り、揺れて、変わる。

少しだけ、長月の空を好きになれそうな気がした。


長月の空
レミオロメン:南風