今日が明日に繋がっていく事など、至極当たり前のことなのに、最近はそれさえもめんどく感じるようになった。『前はこんなんじゃなかったのに』と、心の隅っこで悔やみはしても、いわゆる過去というヤツは、二度と戻ってこない訳で。
それでも、時が経って自分がどんどんあの日から離れていく事に恐怖を感じる。時なんてものは、一人の人間がどう足掻いたって止められるものじゃないのに。万が一仮に時を止められたとしても、それで現在がどうなると言うんだ。
ただ単に、過去を振り返って嘆かなければならない時間が増えるだけだろう。 そう、この想いも行為も、何ら意味を成さないと分かっているのに。 彼女が俺のもとを去ったのは、丁度今から一年前の事だった。その日は本当に、憎らしいほど快晴で気が狂うほど清々しくて。まるで自分だけが、色を失ってしまったように思えた。 「いいよ、千種の迷惑になるなら」 「迷惑だなんて言ってない・・・」 「言ってるよ、分かる」 彼女の言いたい事が分からないことはなかったし、むしろすぐ理解できた。ただ、その旨をすぐさま彼女に伝えてしまうと、彼女はその時点で去っていってしまう訳で。どうせ結果は同じだった筈なのに、そして自分自身、その結果を認めていたのに、 心のどこかで彼女を失うまいと、足りない脳みそを搾って抵抗していた。彼女の気持ちは、二の次だった。 「あたし、千種のこと愛してるよ、今も」 「・・・・・・じゃあ何で」 「でも!・・・千種の心はあたしに向いてない」 「・・・・・・・・・・・・」 「ほら、否定できないんじゃん・・・」 あの日、彼女の言葉を否定できなかったのを今でも後悔している。何で否定しなかった?何で無理をしてでも優しい言葉をかけられなかった?何で愛してるの一言が言えなかった? 今、こんな想いをするぐらいなら。 「俺は・・・・・・」 「愛してるんでしょ?彼女の事」 「違、そうじゃなくて・・・」 「何で、・・・・・・あたしじゃ退屈だったんでしょ・・・?」 そう言った彼女の顔、その他にも色々と、もう覚えていない。記憶が永遠になんて残らない事は、小学生も知ってる。俺だって知ってるし、東大生だってきっと知ってる。それなのにやっぱり、時が経って彼女の事を徐々に忘れていくのは、怖くて。 夜、独りになった部屋で、喉や胸の辺りを掻き毟ったって、 ギュッときつく、これでもかという程に拳を握り締めたって、 (声には出さないものの)心の中でずっと泣き叫んでいたって、 どんなに必死に目を瞑って彼女を忘れようとしたって、 結局忘れることが怖くて、自分の無力を思い知らされるだけで。 勘違いだと言えば、そこで何かが変わったかもしれない。誤解だという事を説明していれば、今、こんな状況じゃなかったかもしれない。実際彼女が思っていた事は勘違いだったし、俺は彼女を愛していたのに。 でも、否定できなかった。する余裕がなかった。彼女は俺を信じていなかったのかと、絶望にも似た感情があったから。 『行かないでくれ』と言いそびれた俺に、彼女を止める術はなく、『待ってくれ』とも言えなかった俺に、彼女はゆっくりと背を向けた。 「ばいばい」 一年も経てば、髪形だって暮らしぶりだって癖だって変わる。彼女がいた頃の俺の面影は、だんだんと薄れつつある。 唯一、この心だけを残して。 体を繋ぎあった時もあった。些細な事で喧嘩した時もあった。甘い台詞を言った時もあった。全部、彼女に解き切れない想いを伝えるためだった。 二人でよく待ち合わせした高架橋の下へ赴いた事もあった。彼女が昔バイトしていた喫茶店を訪ねた事もあった。全く関係のない駅であてもなく彼女を待ってみた事もあった。全部、心中の遣り切れない想いを蘇らせるだけだった。 どうして・と、そればかりが脳裏を過ぎる日々を恨む。 あの日、彼女の気持ちをしっかり考えられなかった俺に非があったことも、一緒に過ごしてきた時間を信じれていなかったのは、俺の方だったという事も、分かってるんだ、今更のように、全部。 「・・・、・・・・・・・・・」 もうすぐ、今日が明日へ繋がる時間が来る。また一日、図らずもあの日から遠ざかってしまう。また一つ、彼女を忘れる要素が増えてしまう。彼女はもう、俺の事を忘れただろうか。彼女にはもう、新しい人がいるのだろうか。 彼女の心はもう、俺が知っているものじゃないのだろうか。 「・・・・・・、・・・」 まだ、心のどこかで俺は待ってるのかもしれない。彼女は戻ってくるんだと、図々しくも期待しているのかもしれない。でないと、こうして掻き毟って自分に傷をつける所以なんてない。彼女を忘れないようにもがき続ける意味なんてない。 いつまでも、『愛してる』と言う準備をしている理由なんて、ない。 じゃないと ねぇ 「・・・・・・・・・会いたい、」 |