どうして出逢った・なんて訊かれても、今の僕に答える術はない。だって、そんなの理由なんか知るわけないじゃないか。春、クラスが変わったら、そこにがいたんだ。どうして彼女が目に留まった・なんて訊かれたって以下同文。知らないよ、そんなの。強いて言うなら、 彼女を初めて見たとき、僕はその桃色の唇がとても美しいと思ったんだ。


、ちょっとそこ支えてて、揺れる」
「はいはい、雲雀くん、人使いが荒いんだから」
「黙って支えてなよ」


脚立を支えるは、脚立の上にいる僕から見るとすごく小さい。しょうどうぶつだ。だけど、は群れない。友達は男女問わずたくさんいるみたいだけど、が誰といるところを見ても群れているとは思わない。彼女はずっと、誰かと笑い合いながら、ずっとどこかで遠いことを考えている。そう、僕といるときも。 僕はが誰かといることより何よりそれがとても腹立たしくて、こうして何かにつけて彼女の注意を僕に向けようと試みる。で、たいがい失敗に終わる。


「・・・・・・・・・まだ?」
「・・・・まだ」


ほら、今回もだ。早く、はやく。無言のがそう言ってる。本当は脚立を持ってることすら煩わしくて、早く、それを支えざるを得ない状況に陥っている自分の両手を解放してあげたいと主張している。蛍光灯を取り換える僕の事なんか見ちゃいない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」


それでも僕は、こんな時間が永遠に続けばいいと思う。がいない日々には、もう戻れないと思う。開けた窓のサッシに、鳥がとまってる。少しむあっとした空気が、そこから入ってくる。明かりの点かない応接室は薄暗く、外はやけに明るい。気持ち、作業を進める手のスピードを緩めながら、僕はを盗み見る。 いつもなら彼女はこんなとき、窓際の鳥を見ている。鳥を見ているのか窓の外を見ているのかわからないくらい、焦点の定まらない目で、とりあえず窓の方を見ている。はずだった。


「・・・なに、」
「・・・・・・なんでしょう、わかんない」
「僕の顔に何かついてるの」
「ちがう、よ。でもあたし今、雲雀くん見てた、きれいだと思ってた」


ごめん・と、はどうしてか笑った。僕はどうしてかひどく恥かしくなって、からすぐさま顔を逸らし、蛍光灯をできる限り速いスピードで取り付けて、再びを見た。今度は彼女は俯いていて、彼女の両手はしっかりと脚立を支えている。


「そこの窓から入ってくる光が当たってね、ちょうど、何て言うかなぁ、きれいだなぁと思ったわけなんですよ、ひば・・・・・・」

僕は、転がり落ちたんじゃないかと思うぐらいの感覚で脚立から降りて、俯いてるせいでそれに気付かないの両頬を僕の両手で支えて持ち上げて(案外簡単に動かせた)、それでやっと、またと目が合った。は話を途中でやめてしまった。僕は蛍光灯を触って汚れたかもしれない自分の手が、 を汚してしまわないか心配だった。蛍光灯が、思い出したように光る。鳥が飛び立つ。パッと色づいた桃色の唇に、よくじょうしてしまった。

にくちづけて、それから彼女を抱きしめたら、香水なんかはつけない主義の彼女から、ふんわり甘い匂いがした。僕の腕の中で、どうやら何も考えられない様子のが大人しくしている。僕は、例えるならこれが幸せだ・と思った。


pesca

スピッツ:桃