放課後、中庭で一番大きな樹の下、ぽつんとひとり、彼女はいた。僕はただいつものように気まぐれで見回りをしていただけで、彼女はただ膝を抱えて座り込んでいて、僕の事なんか全く気付かずに、はらり、はらりと涙を落していた。その姿は、ひどく美しく。


そんなところでなにしてるの、


吐き出そうとした言葉は、喉の奥の方に引っかかって、半開きになった口からは息だけが漏れた。どうしたの、何があったの、何が君を泣かせたの、なんて、訊きたいことは山ほどあるようで一つしかない。なぜ君が泣いているのかなんて、僕には全く分からない。分からないから訊きたいと思うけど、 体が言うことを聞かないせいでそれすらかなわない。彼女の涙は美しく、僕の体はぴたりとその場に縫い止められて、だけど、僕はとても不快だ・と思った。

いつも遠くから見る君だった。決して目立つタイプではないが、むしろぎゃあぎゃあといつも騒がしい俗な女どもとは違って、とても好ましかった。よく笑う。誰とでも話す。同じクラスでもないし名前も知らない君を、たまたま見つけた時に眺めるのが僕は好きだった。 (名前なんかは僕がその気になればすぐ分かるけど、なぜだろうか、そういう行為は気が引けた。)

そんな彼女が、今僕の目の前で泣いている。ここには僕と彼女だけ、二人きり。遠くで誰かの声がする。金属のバットがボールを打つような音がする。もうすぐ日が暮れる。

君が泣くのは不快だ。悲しんでいる君を見るのは、とても不快だ。その美しい涙でさえ、不快だ。思い切って一歩踏み出す。さく、と僕の靴が芝生を踏む音がして、彼女が初めて僕を見る。『・・・、ひばり、さん?』と言う声が震えている。

近づく僕におびえているだけならそれはそれでかまわない。ただ、悲しみで声が震えているのなら僕は許さない。ねぇ、君には笑顔が似合うと思うんだ、僕は。膝を抱えて座ったままの彼女の前、しゃがみ込む僕の目を、彼女は不思議そうな目で追う。

彼女はすでに泣きやんでいた。だけど僕は、近づくのをやめなかった。ひ、ふ、み、君を初めて見た日から、いったい何日経っただろう。いつも遠くから見ていた僕は、もしかしたらずっとこうしたかったのかもしれない。彼女の頬に自分のそれを寄せて、その華奢な肩を抱いて、小さな耳たぶに、そっとささやく。


「きみが、すきだよ」


A Piece of XXX
(『ねえだからなかないで』と言えば、彼女は、顔を真っ赤にしながら微笑んだ。)
- 091715 拍手御礼