昨日一晩考えに考えても分からなかった問題とその解説を持って大好きな柿本先生に会いに行ったら、『今から朝礼だからムリ』ってためらいなく却下された。せっかくいつもより早起きして色々乙女なりに気合い入れて、 あなたに会うために慣れない早朝登校までしてしかも4階まで(あたしの教室は2階、物理教室は4階のはしにある)エネルギーを消費して上がってきたというのに、ちょっとそれはないんじゃないのティーチャー。 なんて、また会うための口実ができたからいいんだけどね!





ニュートンの誤算





入試が近づいてきたこの時期、授業はすべて入試対策のプリントやテキストでの学習に変わってしまった。どの授業でも同じことの繰り返しでうんざりしてきた4時間目、チャイムの少し後に柿本先生が入ってきた。そうだ、物理だったっけ。 級長の号令で挨拶をする。

あたしは先生の顔を見て、テキストを開きながらやっぱりカッコいいなぁと思った。(少し元気出たかも!)別にいい子にしてポイントを稼ごうってわけじゃないけど、好きな先生の授業とそうでないのじゃ集中力が違ってくる。だからあたしは先生が『・・・』ってあたしの名前を呼ぶまで先生が近くに来てたのに気が付かなかった。(ちょ、おおお驚かさないでください先生あたし先生には弱いんですから!)


「はい・・・!」
「今朝言ってたやつ、今教えるから。隣空いてるから来て」


静かな教室で小さく言った先生に、あたしも小さく『わ、分かりました!』って答える。先生に名前呼ばれただけでもドキドキなのに、まさかその口から続いてそんなお誘いがくるなんて誰が予想できたでしょうか!あたしはにやける顔をどうにか落ち着かせながら、 夢見ごこちで鞄から必要なものをひっぱり出してそそくさと教室を出た。みんなの視線は教室の扉でシャットダウン!隣の教室をそっと覗き込むと、柿本先生がちょうど明かりをつけたところだった。

・・・・・・よく考えたら二人っきり・・・だよね、これ。ちょっとどうしようなんか授業中に二人っきりなんて変な感じで困った、心の準備が、しかも柿本先生とふたりってうわあ4時間目だしお腹なったら恥ずかしいじゃん!どうしよう、ドキドキしすぎて死にそうだ・・・! なんて考えてたら、先生が呆れた口調で『早く入ってきなよ』って言った。


「で、何が分からないの」
「えっと、ここの解説が分からなくて・・・」
「・・・じゃそこまでの流れ軽く説明してよ、読むのめんどい」


先生はあたしの説明を聞きながら黒板に図を書きはじめた。物理は図で考えろって、以前先生が言ってたのを覚えてる。先生のキレイな指がキレイな直線を引くのを見てたら、いつの間にか口が止まってたみたいで、 先生が『続き・・・』って言ったので我にかえった。(うう、こういうの失態っていうんだよね・・・)


「・・・エネルギー保存で考えるんじゃないの」
「そうなんですけど、この等式の意味が分からないんですよ・・・」


出来上がった図を見ながら、そばの机に問題を広げて先生とあーだこーだ言いながら(あーだこーだ言ってるのはほとんどあたしだけど)考える。でも当のあたしは頭なんてまわるどころか目でもまわしそうな勢いで、先生の説明が少しずつしか理解できない。 (失態その2・・・)だって先生が近いんだもん仕方ないじゃん。先生のところにはよく質問に行ってるけど、手をほんのちょっと伸ばすだけで触れられる距離なんて未だかつて経験したことないポジションですよ先生。 (生徒用の机が小さくて良かった!)

でも、あたしの心臓の鼓動があたしの体だけじゃなく空気や机まで振動させてしまったら、きっとその振動数の高さと振幅の大きさで先生にバレてしまう。あたしがこんなにドキドキしてるのが。それは絶対ダメだ、バレたらもうこうやって先生と話すことはできなくなる。 だって先生は先生で、あたしは生徒。いやだな、どこかの少女マンガみた・・・・・・





「・・・、・・・・・・」





その音があたしの鼓膜に届くまで約1250分の1秒、いつもよりちょっとだけ低い声が聞こえて、失態その3、あたしは目を瞑るタイミングを逃した。気付いたら目の前に先生の顔があって、くちびるに少し暖かい感触があって、 あたしの思考能力はどこかへいってしまって、次の瞬間、くちびるから暖かさと感触が消えた。きっとあたし今、バカみたいな顔してる。


「・・・・・・聞いてなかっただろ」


あたしは返事すらできなくて、ていうか今何が起こったのせんせい、あたしのあたまじゃわかりません。ドキドキうるさいな誰のしんぞうなの、あたしの?まさか、あたしのは止まってる(と思えるぐらい感覚がない)んだから。なのにほっぺたがあつくなってきた。


「あと、無防備すぎ・・・知っててやってんの?」


あたし何も知らないよ先生、知りたいことはたくさんあるけど。でも先生は先生であたしは生徒で、このドキドキはあたしの自己満足だったはず。なのにあたし先生が欲しくて、あれ、矛盾してる。ねぇなんであたしは生徒なの。先生、 なんであたしにキスしたの、なんでそんな饒舌なの。あたしのドキドキ、バレちゃったの?


「・・・好きなんだけど、俺、のこと」


ああ先生、あたし、今なら万有引力だって操れます。(あたしがあなたを引き寄せましょうか、それともあなたに引き寄せられましょうか)





歴史に名を残した学者も大したことないのね、愛の力を見逃すなんて!