『スクアーロは死んだ』


その連絡が入ったのは、もう10年も前のことだ。あの日も今日みたいに、とても残暑の厳しい日だった。けたたましく鳴くセミの声とは対照的な、とても落ち着いていたザンザスさんの声を覚えている。それは悲哀や畏怖や、まして同情などからくるものではなく、彼はただ淡々と事実を言葉にして私に報告しただけだった。 『持って帰る骨のカケラもねぇ。葬儀もしねぇ。以上だ』と言って、ザンザスさんは電話を切った。それから今まで、彼らからの連絡は一度もない。

私は泣いた。最愛の人と、最期の言葉を交わすこともなく、来世を契ることもなく、永遠に会えなくなってしまった悲しさと寂しさで、泣いた。きっと彼は、彼だけは、笑って死んだのだろうという確信に近い想像をして、泣いた。ひと月、ふた月、み月と、数えるのも億劫になるぐらい泣いた。 泣いて泣いて泣いて、声も涙すらも枯らして、それでも私は彼を想った。あのしなやかな髪を、深く鋭いまなざしを、心まで震撼させる優しい声を、想った。忘れることも捨てることもできずに、泣いて、想って、








願ったのは奇跡
(どうか、想ってるから、どうか)







夜の帳もすっかり降りて、ベランダからは瞬く星が無数に見える。この家にひとりになってから、彼がこの世界を去ってからもう10年。長い時が経ったものねとひとりごちて、ひろいひろい真っ黒な空に浮かんでいる星たちを見上げれば、そんなこともないのかもね・と思った。 こうして星を眺めるのは久しぶりかもしれない。とても懐かしく感じる。

もうずいぶん前から生活も落ち着きを取り戻し、今ではパスタ屋のおじさんと他愛ない話をしたり、近所のおばあさんの介抱をしたりで、毎日を送っている。そう言えばこの間は遠い親戚筋から縁談の話が来たっけ。笑い話にしようと思って友達に話したら、真剣に「そろそろ身を固めたら?若くないんだし」と言われてしまって、 ちょっと困った。もちろんだけど、その話は丁重にお断りした。写真を見ても話を聞いても、絶対好きになれそうになかったから。

ボーっと夜空を眺めながら、スクアーロは今どこでどうしてるんだろう・なんて思う。こんなことは思っても仕方ないし、生きてるって信じてるわけでもないし、死後の世界を頼みにしてるわけでもないけど、そう思わずにはいられない。今も、どこかにスクアーロがいる気がする。気が、するだけだけど。


「元気かな、っとあ!流れ、と、スススクアーロが生きてま・・・・・・!」


『すように』が、言えなかった。だけど、ふとパノラマの空を横切った流れ星に、とっさに反応できた自分はすごいと思う。最後までは言えなかったし、3回には程遠かったけど、それでもよかった。むしろ3回言ってしまってたら、私はきっと泣き崩れていただろう。だって、今この瞬間でさえ泣きそうだ。

私はまだ、心のどこかでいつも奇跡を願っている。事実を受け止めた、ふりをしている。


「へへ、・・・こんなんだからお嫁に行くチャンスも蹴っちゃうんだよ、きっと」


ひとりで、苦々しく笑ってみる。それでも嫌な気はしなかった。きれいな思い出にすがってるだけ・とか、未来の可能性を見ていない・とか、そう罵られてもいいと思う。彼が私のすべてだとは言わないけど、だって、覚えてる。私のすべての細胞のひとつひとつが、何度生まれ変わっても、彼を覚えてる。 そして、そのひとつひとつは思い出したようにぽつりとぼやくのだ。彼に触れられたいと。私は今日、そのぼやきを抑えきれずにいる。

泣くのが癪で上を向いたままの私に、もう一度、ペルセウス座流星群の置いてけぼりがきらめいた。見上げた空の真ん中から、放物線を描くように、私の頭の裏側へ向かってそれは落ちていく。その様子がやけにスローモーションで見えて、のろまな私は夢中で叫んだ。なんとなく、これが最後のチャンスのような気がしたのだ。 10年前のあの日のように、私は泣きながら叫んだ。


「スクアーロ・・・、に、会いたいっ・・・!」




















「・・・誰に会いたいだって?


その声は、私の頭の裏側から聞こえた。聞き間違うはずがない。はっきりと、力強い、心まで震撼させるような優しい声が、私の名前を呼んだ。でもにわかには信じられなくて、嬉しくて苦しくてどうすればいいかわからなくてぐしゃぐしゃになった顔を俯けたら、涙がひとつ、ふたつ、流れ星みたいに落っこちた。


「、くあ、ろに・・・会いた、いの」
「誰だぁそりゃあ?聞こえねェなぁ」
「ず、とずっと、あいたかっ、たんだからぁ・・・!」


泣き崩れた私がその場にへたり込んでしまう前に、大きいスクアーロの体が私の体を受け止めて、息も止まるぐらい強く抱きしめられた。スクアーロの手が、髪が、匂いが、涙で前も見えないはずなのにありありと見えるのはなぜだろう。体の重なった部分から、どんどん彼で満たされていく。


「待たせたみてぇだなぁ、


言いたいことはいっぱいある。何で生きてるのとか、いったい何があったの何をしてたのとか、どうして一度も連絡くれなかったのとか、私のこと今でも愛してるとか、聞きたいことも。でも、嬉しそうに、安心したように、切なそうに、苦しそうにスクアーロが言うから、私はもっともっと泣いてしまって、何も言えなかった。 代わりに、拭っても拭っても落ちる涙に苦笑しているスクアーロに、驚きとか怒りとか感動とか苦しさとか嬉しさとか寂しさとか愛してるとかおかえりとかを全部ひっくるめて、キスをした。


幻でも、夢でもないの
(今ここにいるあなたは、そう、まぎれもなく)
080826 企画『amore!』さまへ捧ぐ / background