12月の下旬。放課後、少し街中をフラフラしただけで、日は沈みかけてしまう。そんな、ゆっくりと明かりが灯り始める街を、俺は一人で帰らなければならない。もうすぐ、キリスト教で言う聖なる日がやって来て、その後は勿論、正月だ。 慌ただしくなるのに、ただ、イベントに踊らされるだけなのに、世間一般の人々は大抵、この季節を好む。

俺は、例外として。

いつからだろうか、この季節が苦しくなったのは。今日は、12月24日。










その日何をやっていたかは忘れたけど、とにかく遅くなって、そしたらその店はもう閉店間近で。必死で走り続けた所為で乱れた息を整えながら、俺はその店で、が欲しいと目を輝かせた椅子を買った。 クリスマス用に特別豪華な包装紙を着たそれを抱えて歩くのは少し恥ずかしかったけれど、の喜ぶ姿を思い浮かべれば、何ともなかった。逆に、早くに会いたくなって、その気持ちを軽い足取りが手伝って、クリスマスソングを口ずさみながら、 の待つ俺の家へと急いだ。俺を出迎える、あの笑顔を思い浮かべながら。










ふと気付けば足は止まっていて、気を取り直して歩き出そうとするにも、足が動いてくれない。苦笑しながら溜め息を吐き、辺りを見廻した。今、自分が歩いているのは、進行方向に向かって右側の歩道。だから、自分の右側には、店が並んでいる。 綺麗に磨かれたショーウィンドウに映った俺の姿は、この街とは正反対のオーラを纏っていて、それ以上自分自身を見たくなかった俺は、無理に顔を動かして、

後悔した。

無理矢理動かされた俺の顔が捉えたのは、店の看板。あの日、椅子を買った、その、店の。営業時間を延ばしたのだろうか、まだ閉まる気配は無く。この街中が急に敵になった気がして、心が痛い。

早く、早く、家に。

その一心で動かない足を一発殴ると、何事も無かったかのように、足は動き出した。もう、足さえも敵だ。










「ただいま」


俺がそう言うと、奥の部屋からがひょこっと顔を出して、『お帰り』と微笑んでくれた。は丁度夕飯を作っている途中だったようで、右手にお玉を握っていた。何となく柄もなく夫婦のような錯覚に陥って、が可愛くて、嬉しかった。

は俺の持っている、自らプレゼントだと主張しているような包みを見て、目を丸くした。


「隼人、それ・・・・・・」
「あー・・・気が向いたから、買って来ちまった」


ついさっき新妻にさえ見えたの顔が、一瞬にしてアノ顔に変わる。初めてサンタクロースにプレゼントを貰った、子供の顔に。手際良く、しかも急いで、尚且つ、包装紙を破らぬようにして、ほんの数十秒後には、店員さんが頑張ったであろうに、そのラッピングされた姿は、の手によって、すっきり跡形も面影も無くなっていた。


「気に入ったかよ?」
「気に入ったってゆーかだってコレ・・・!」


心から喜んだようなの顔を見た俺は、を優しく抱きしめた。


「ほら、礼は?」
「もう、素直じゃないんだから隼人は!でも、ありがとう」











あの時の俺は、ずっと、いつまでも、と手を繋いでいられるような気がしていた。何もかもが、俺たちを祝福するかのように、煌めいて見えた。夢も希望も、星だって、必ず掴み取れると思っていた。それはきっと、だって同じだった筈で。 喜びも、悲しみも、分かち合う日が来ると信じて二人で微笑みあったのは、決して嘘なんかではない。

目頭が熱くなってきて、俺は、慌てて空を見上げた。霞んだ視界の中、星は雲に隠れていて、見えない。










夕食の後、部屋の電気を消して、テーブルの真ん中の蝋燭に灯をつけた。その、柔らかく部屋を染める灯を見ながら、二人、他愛も無い会話を弾ませて。たくさん話した後は、心地良い沈黙が流れて。

蝋燭の灯が、少し、揺れた。


「・・・ずっと、一緒にいれるよな・・・・・・」


ポツリと、出来ればに聞こえないように、静かに漏らした言葉は、無情にもしっかりと空気を振動させて。


「どうしたの? そんな急に・・・」
「いや、な、何でもねェよ!」


少し心配そうに俺を見るに、どうしようもなく罪悪感を感じた。

を失うのは怖くて、不安で。今まで誰かを愛さなかったのかと問われると、勿論そんな訳は無いのだが、ただ、初めてのこの感情を名付けるとするのなら、心から純粋に、愛という名がいいと思った。その考えに辿り着いた時、頬に涙が伝うのを感じて。


「隼人? 大丈夫・・・?」


に、愛しさが溢れて。今言わなければ、勿体無い気がして。


「・・・・・・、愛してる」


俺は、たぶんぎこちなかっただろう笑顔で言った。











俺の足は再び止まっていて、本気でどうしようかと悩む。忘れようとするのに、思い出さないようにするのに、ここまで事細かに思い出せる事からして、俺がどれだけ成長していないかが分かる。 そんな自分を誤魔化す唯一の手段として、『あのクリスマス』を『いつかのクリスマス』と呼ぶ事を覚えた。本当は何年前の、西暦何年の、平成何年の・・・と、正確に答える事が出来るけど、そう昔の事ではないけど、 この際開き直ってしまえば、たった3年前の話なのだけど。敢えて『いつかのクリスマス』と呼んで、自分を騙して、傷を縫い合わせてきたのに。

今日は本当に、何もかもが敵のようで。今、俺の傍を足早に通り過ぎようとしている誰かの手には、大きな、明らかなプレゼントが抱えられている。嬉しそうな顔で、幸せそうな顔で。

いつかの俺と、重なる。

俺もあんな風に笑っていたのだろうか。俺もあんな大きい荷物を抱えていたのだろうか。俺があんなに幸せだった時、今の俺のように、当時の俺を見ていた人もいるのだろうか。

自然と顔が俯き加減になり、涙腺が緩んだ。










「隼人」










の声が、頭の奥に聞こえた気がした。





B'z:いつかのメリークリスマス