いつの間にか眠っていたようで、気づいたら辺りは真っ暗だった。開けっぱなしの、というよりただガラスを失っただけの窓から、冷たい風が遠慮がちに吹き込んでいる。目を覚まそうと、俺はその窓に近寄って、そこから見なれた小汚い敷地内を見渡した。雨の匂いがする。
今の季節にしては、少し空気が冷たすぎる。きっと、俺が寝ている間に一雨きたんだろう。 ふと見上げれば、うっすらと白んできた空が見えた。俺は一体何時間眠っていたんだろうか。もうすぐ、夜が明ける。 ぎこちない音とともに、部屋のドアが開いた。振り向けば、廊下の灯りが差し込むその中に、「やっほ、」と言いながら手を振っているがいた。しんと静まり返った、草木もまだ眠っている夜明け前。いつもならもまだ夢の中なのに、今日はそこにいる。 「どうしたの」 はゆっくりと俺に近づきながら、『目が覚めたの、おかしいね、こんな時間に』と言った。その顔は逆光で見えにくい。笑っているといい。そう思った。 「ちくさ、起きてたんだね」 「・・・や、さっき目が覚めた」 「あ、じゃあ、一緒」 近づいてやっと判ったの顔は笑ってなかったけど、その言葉と一緒に、ほころんだ。ホッとしてため息をつけば、それと一緒に、また曇った。吸ったばかりの空気が、喉に詰まる。 「どうしたの」 さっきも吐いたこの言葉、だけど、今度はちょっと含みが違う。はそれに気付いたみたいだった。彼女の左手が俺の右手を握って、彼女の額が俺の胸の辺りに、とす、と小さな音を立ててぶつかった。雨の匂いにまぎれて、の匂いがする。 「やなゆめ、みたの」 「どんな?」 「覚えてないの」 「・・・それで、目が覚めたんだ」 「ん・・・・」 もぞもぞ、との右手が彼女の右目をこすっている。泣いているのかとは思わなかった。眠いんだろうと思った。きゅ、と彼女の肩が強張っている。相当嫌な夢だったんだろうと思った。 「、眠いんでしょ」 「んー・・・・・・」 「そのベッド、使っていいよ」 「ほんと?ちくさは?」 「俺も寝る」 金属製の、もうボロボロのシングルベッドは、かつてはおそらくマッサージやらエステやらを嗜む贅沢な人種に使われていたに違いない。そして今は、俺たちみたいな野良犬の寝床になっている。まるで都落ちだ。そんなことを思いながら、をそのベッドに押し倒すと、ギシ、と不快な音がした。 「一緒に?」 「うん、」 「ありがとう」 はそう言って、今日今のところ一番の笑顔を見せた。小鳥が鳴く、やけに爽やかに。目を閉じる前の一瞬で見た窓の外は、いつの間にか明るくなろうとしていた。 |