「ね、キスしてよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「反応遅い」


何が『遅い』だ、そんな事言われても困る。いきなり言い出したのはそっちじゃないか。そう思いつつ、に『頭どっかで打ったんじゃないの?』と尋ねると、は拗ねたようにうなだれて、『そんなんじゃないもん』と言った。


「じゃ何があったの」
「別に」
「何」
「だから、別にって」


口ではそう言っているものの、の顔は相変わらず曇ったまま。このまま放っておく訳にもいかず、やっぱり自分も納得がいかないから、取り敢えず胡坐をかいたその上にを乗せて、後ろからの腰に手を廻した。以前が『あたし、こうされてると落ち着くの』と言った、こちらとしては理性の維持という少々過酷な忍耐を強いられる、その体勢。でも今日は、に落ち着くようなそぶりがない。少しだけ、頭の中に不安と不思議が浮かんだ。





ふて腐れたようなの名を呼べば、何故か膝を平手打ちされた。そしていっこうに返事をする気配はなく、こちらを向こうともしない。そうやって何もかも訳が分からないまま、暫くなす術もなく固まっていると、もう一度同じ場所に、の渾身の平手打ちを喰らった。


「痛いんだけど」
「・・・・・・知らない」
「叩いたの誰」
「知ら、ない」


言葉を交わすにつれて徐々に小さくなっていくを少し面白いと思いながらも、今日のの違和感が、のサイズに反比例して大きくなっていくのを感じた。

が自分の女になってから、もう五ヶ月にもなる。特に今までこれといった問題もなかったし、喧嘩も些細なものばかりだ。男女の付き合い上でのやることも、普通にちゃんとやってると思う。万事順調、状況も安定しているはずだと思う。のろけるつもりはない。 ただ、危機感をもつには平和すぎると言いたいだけ。

なのに、今日はの態度があからさまにおかしい。不可解に思うのは当然だ。


「何拗ねてんの、言ってくれなきゃ分からないんだけど」


待てども待てども何も喋らないに痺れを切らしてそっと口を開くと、は、叱られた幼児のようにもっと小さくなってしまった。膝を抱えて、全然こっちを見ようとしない。少しストレートに言いすぎたかもしれない・と思ったけど、普段からあまり話さない自分にこれ以外の表現方法はなかったし、何も言わないに苛立ちを感じ始めていたので、まあ仕方が無い。(ということにしておく) 全てを言えとは言わないけど、少しは自分の立場に甘えてくれてもいいじゃないか。


「そんなに言いたくないの」


そう尋ねると、幸いにもは首を横に振った。




















「・・・・・・・・・千種、キスしてよ」


暫くたって急に耳に入ったのは、本日二度目のその台詞。今日はほんとに一体どうしたっていうんだ。聞きなれない台詞にびっくりするものの、でもこっちとしては(思春期の青年なんだから)どう捻っても嫌じゃない注文。応えるのに苦痛は伴わない。

仕方なく・という心づもりで、そっと、触れるだけのキスを・・・・・・そう思っての唇に触れた瞬間、まるでそうなると決まっていたように、自分でもビックリするほど自然に、欲望が止まらなくなった。自分なりにそっと、でも抑えきれない分はそのまま、にもっと口付ける。最初はも驚いた様子だったけど、すぐにその色は姿を消した。その事が、何故か無性に嬉しかった。





「満足?」


唇をゆっくり離して、やっぱりまだ目を合わせてくれないの頭を少し撫でながら尋ねる。するとが自分の方へと体ごと向き直り、顔は見ないまま抱きついてきた。さながら、迷子になった小さい子供がやっと母親を見つけ出せた時のように。


「ゴメンなさい」
「・・・ん」
「ゴメン」
「もういいって」





「・・・・・・・・・じゃもう一回して」


今まで色んな経験をしてきたけど、こんな台詞を真っ直ぐ見つめて言われた事はなかった。ゆえに言わせてもらうけど、自慢じゃないけど、自慢するつもりもないけど、自分の女に何度もキスしてこれ以上我慢できるとは、自分自身これぽっちも思わない。 『我慢しなくてもいいならしてあげる』なんて、そんな台詞も言えそうにない。


「誘ってんの?」


別に理性を飛ばすのは苦じゃないけど、に無理強いはしたくない。
別に今すぐにでもキスは出来るけど、後からその先を止めれる自信はない。
別に嫌じゃないなら任せてよ、の期待を裏切るような事は絶対しない。


「誘ってるかも」






Kiss me now
こんな日も、たまにはいいかもしれない。