一、僕と彼女たち

僕がその二人の女性と出会ったのは、ボンゴレとミルフィオーレ間の闘争の後、僕が例の監獄からようやく解放された時でした。彼女たちの名は、。夫をマフィア間の闘争で亡くした未亡人のさんの、その娘がでした。 どういう経緯で出会ったかといえば、今更思い出したくもないが、ボンゴレが要らない気を利かせて僕の住まう場所を工面した、その結果。さんは元々どこのファミリーの人間でもありませんでした。しかし、二人の間に何が起こったかは知らないが、 その夫がマフィアであったことは事実。そしてさんの夫が所属していたグラーディオファミリーとボンゴレファミリーは古くから同盟を締結しており、グラーディオとの間には言わば幼馴染のような腐れ縁があったのも事実。そういう徒な流れあって、 彼女たちは図々しくもマフィアの血縁でありながら、僕のホストとなったのです。(もっとも、彼女たちに僕のホストとなるかならないかを選択できる余地は無かったと思われますが。)

僕は益々ボンゴレを憎みました。どうしてこの様な人間と僕を引き合わせたのか、全くその気が知れなかったからです。その知らせを受けてからの僕にとって、彼女たちの存在は心からの迷惑でしかなかった。実際、彼女たちと共に暮らし始めるまでは。



僕はドクロと共に、不本意ながらも彼女たちの所を訪れました。マフィアを厭う僕ですが、どの道まだボンゴレの面目を潰すわけにはいきませんでしたから。この時僕がドクロを連れて行ったのに深い意味はありません。強いて言うならば、 彼女は僕にとっての唯一の大切な存在であり、僕と彼女は切っても切れない運命共同体であるから。そして何より、僕たちは愛し合っていたからです。誰も、僕自身も彼女自身も知らない所で。しかしいくら僕といえどもこれはいささか恥ずかしいことなので、 暫し忘れていただきたい。

と、話が逸れてしまったので本筋に戻しましょう。彼女たちは警戒心の強い僕たちを快く受け入れました。それがボンゴレの指図であったかどうかは、未だに定かではありません。僕たちは家で一番良い部屋をあてがわれました。その部屋の出窓には、いつも花が活けてありました。花好きのが僕たちのために、絶やすことなく活けていたのです。花を愛でる心のない僕には解りませんでしたが、ドクロが見るや否やそれをいたく気に入ったので、僕もすぐそれを気に入りました。また、はマンドリーノもたしなんでいました。僕たちが仕事から早く帰った折、しばしばの部屋から微かな歌声を伴ってマンドリーノの音色が響いてくることがありました。の腕はまあそこそこといった感じで、歌には自信はなさそうでしたが、彼女自身それで楽しんでいるようだったので僕は何も言いませんでした。

さんは、さすがにマフィアを夫に持っていた一般人というだけあって、豪快というか淡白というか、決して女々しい女性ではありませんでした。いつもはっきりとしていて、正しく、明るい人でした。警戒心を露わにして、 自らすすんで彼女たちに接しようとしない僕たちに、気付いていないのか敢えて目を瞑っていたのかは知らないが、さんはハナから取り合おうとしませんでした。初めは食事も部屋まで運ばれていたのに、直に居間へ呼ばれるようになり、彼女たち二人と一緒に食べざるをえなくなりました。また、躊躇なく僕たちの部屋に立ち入るようにもなり、 時には聞いてもいない長話を向こうの好きなだけ展開して満足そうに去っていくということも出てくるようになりました。全く自由な女どもだ・と、僕は酷く思いました。



そんな大っぴろげなさんとその血を継ぐの二人に、ある日、ドクロはとても嬉しそうに家族ができたようだ・と零しました。さんとはそれを聞いて、幸せそうに微笑みました。ドクロほど素直ではない僕は、それでもやはり彼女たちを即座に信頼するに足る人間だとは思えなかった。しかし、こういうことに関するドクロの感性の鋭いことを僕は知っていました。 家の二人の性格に触発されたドクロが、すぐさま二人と打ち解けたのは言うまでもありません。ドクロの彼女たちに対して至極無防備なのを目の当たりにして、僕は、この吐き気にも似た感情を少しずつ破棄せざるをえませんでした。



もうすっかりお互いにお互いの居る生活に慣れてきた頃には、僕の中に、彼女たちに対する固執した嫌悪や警戒心はなくなっていました。それどころか、僕は彼女たちに、否、に対して、今までに感じたことのない気持ちを覚えるようになったのです。それは激しく尊崇に似ていました。という女性に対する尊崇です。

それまで僕は、女とはどうしてこうも賤しい生き物なのか・と思いながら生きていました。ドクロを除けば、僕の周りには、強い者と金には媚び、弱い者には色目を使って貶め、同じ女という人種には嫉妬と卑下の念しか抱かないような女しか存在しなかったからです。 僕は、媚びへつらい、憎しみのあまりに己の醜さにすら気付いていない女しか、見たことがありませんでした。それが女の常だと思っていたのです。しかし、家の二人、特には違った。さんも全く媚びたり妬んだりする仕草は見せなかったが、どうも僕とを近づけたがっているような素振りを度々見るにつけ、僕はさん全てを咀嚼することができなかった。だがは、違ったのです。

生まれたて赤子のごとくに無知でありながら、十九という歳には似つかわしくないほど艶やかであるにも拘わらず、彼女は素朴でした。ただそこにいて、笑っている。幸せで居る。それだけでした。少なくとも僕には、そのように見えたのです。僕は驚きました。そして、 理解しました。僕とドクロの警戒心がことごとく粉砕されてしまった訳を。

しかしそれでも、彼女たちのどちらかと、特にと二人きりにされると、僕は居ても立ってもいられなくなるのでした。それは猜疑心や警戒心からではなく、一種の畏怖からくる遣る瀬無さだと、その時の僕は解釈しています。それは、一度道を誤った後の今でも、 はっきりそうだと言えます。僕は彼女を畏れていた。彼女の前に立つと、僕の全てがさらけ出されるような気持ちになったのです。そして、それを諫めもせず厭いもしない彼女には、天地がひっくり返ろうとも敵わない・と。

まあ平たく言えば、僕は彼女を好いていた。女性として崇拝していた。ですから、彼女に対してやましい下心を抱いたことは、この当時も、あの時も、今までに一度もなかったのです。そしてこれからもないでしょう。彼女が彼女である限り。