00:28 a.m.


「スクアーロいる〜?」


ノックもせずに、ベルとマーモンが部屋の中に入ってきた。いることぐらい、気配で分かるだろうに。間延びした語尾がムカつく。


「・・・いったい何の用だぁ?」


ベルは口元に相変わらずの気色悪い笑みを浮かべたまま、シャワーを浴びたばかりの俺に向かって『うっわ女みてぇ!髪くくってやんのー』とかほざきやがる。『うるせぇ!』と返せば、『うるさいのはどっちだか』とマーモンが言った。ムカつく。


「用がないなら出てけぇ、俺は寝る」
「なんだよ、今日はずいぶん大人しくね?王子つまんないんだけど」
「疲れてんだよ」


悪態すら吐けないあたり、自分でも相当疲れていると思う。当たり前か。丸二日間、寝ずに殺し合ってきたところだ。殺し合いっつーか、こっちが一方的に殺したようなもんだが。俺がそう言った途端、ベルは至極つまらないといった顔をして、さして興味もなさげに俺に向かって何かを投げてよこした。取って見れば、 綺麗にラッピングされた小さく四角いもの。


「・・・なんだこれはぁ?」
「不本意だけど。王子からじゃないし」
「まぁ、そのうち連絡があるだろうさ」


二人は自分たちの言いたいことだけ言いながら(『あ〜あ、これじゃ王子ただの使いっぱしりじゃん』『率先して持っていくって言ったのは君だろ』『・・・だって、ぜってーおもしろいと思ったんだもん』)、俺にはもう目もくれずに出て行った。なんだあいつらは。そしてなんだこの四角いのは。 意味が分からないがとりあえず今日は寝ようと思い、明日中身を確認すべく、俺はそれを掛けてある隊服のポケットに入れた。




02:05 a.m.


近づく足音に急に意識が浮上して、俺は目を覚ました。それと同時に強烈な音がして、横目に部屋のドアが散るのが見えた。他人の部屋に入る時ぐらいもっと大人しくできねぇのか、うちのボスは。


「何の用だぁ?」
「任務だ、今すぐジャッポーネへ発て」
「はぁ!?ふざけん、」


最後まで言う前に奴の回し蹴りが飛んできて、クリーンヒットこそは免れたがそれでも十分に痛む額を俺は抱えた。そんな俺の上に、ザンザスはばさりと分厚い封筒を叩きつけ、ブーツを鳴らしてふてぶてしく出て行った。安眠を妨害されて腹の中は沸騰寸前だが、任務だといわれるとどうしようもない。ああクソ・と、 文句にもならないことを呟いて、俺は誘惑するベッドから抜け出した。




02:32 a.m.


どれだけ理不尽であっても、ボスの言うことは絶対だ。『今すぐ』と言われた俺は、任務の内容確認などそっちのけで(あんな分厚いモン寝不足で役に立たねぇ頭では読む気もしねぇ)、とりあえず発つ準備だけを急いだ。我ながら感服するほどのスピードでそれを済ませて、屋敷の玄関へ向かう。ホールに差し掛かったところで、 低い声に『おい』と呼び止められた。


「随分と早いな、スペルビ」
「うるせぇ俺ぁ急いでんだ、何か用か」
「まぁそう急くな、渡したいものがある」


レヴィが暗闇からその巨体を現して、ずい・と、細長い紙袋を差し出してきた。袋の中を覗きこめば、随分と雰囲気の高級そうな木箱。


「ワイン、かぁ?」
「そうだ。俺とルッスーリアからだ、持って行け」


何のために・と思ったが、大方今回の任務に関係してくるんだろう(相手方がワインでも好きなのだろうか)と目星をつけて、受け取るだけ受け取ってレヴィに背を向けた。数時間前に開けたドアが、少し遠くに居座っている。ひとつ、大きく溜息が漏れた。




03:11 a.m.


俺たち独立暗殺部隊の移動には、ボンゴレ所有の専用機が使われる。ジャッポーネまでは最速9時間、時差も考慮すれば17時間か。ギリギリじゃねぇか。そう思い、俺は舌打ちをした。


「てっきり、ザンザスに話は聞いてるもんだと」
「・・・・・・あいつがそんなこと言うタマかぁ?」


専用機へ乗り込もうとする俺の前に9代目と家光が姿を現し、俺は少し驚いた。『何だ』と問えば、奴らもレヴィと同じように紙袋を差し出してくるではないか。『チョコレートだ。お前も、も好きだろう?』と言った9代目に、俺は何のことだ・と首を傾げざるを得なかった。 そんな俺の反応に向こうも驚いたらしく、家光が『お前、今日誕生日じゃなかったのか?』とこぼし、それで俺はやっと状況を理解した。



「・・・畜生、いちいち分かりにくいぜぇ」


家光から『誕生日だからっつーのもなんだが、いい機会だし、プレゼントも兼ねて休暇をやろうって言い出したのはお前の仲間たちだぜ?』と説明を受け、全身の力が抜けたのはついさっきのことだ。確かに最近は立て続けに任務が入ったり、ジャッポーネ支部の年度替りのため書類整備が増えたりと、 思えばここ2カ月はろくに休んでいなかった。婚約者であるとも、そういえば忙しくてちゃんと連絡を取っていない。

ボスに投げつけられた分厚い封筒の中身に入っていたのは、俺と、現在ジャッポーネ支部で匣兵器のアップデートに立ち合いに行っているに向けられたメッセージだった。それは見事にA4一枚にまとめられており、内容は極めて簡潔、『スペルビ・スクアーロ、両名、 本日3.13より一週間の休暇を許可する。』というもの。それだけだ。ご丁寧に真っ白な紙を数十枚同封して、あたかも任務の関連資料を集めたかのように見せかける細工をしたのは、おそらくスッルーリア辺りだろう。手の込んだ、悪戯と思うには余りにも馬鹿げた全てのことに、溜息も微笑みも感動も怒りも出てこない。 ああ疲れた。

疲れた。が、これから一週間と過ごせると思うと、幾分か気が楽になるような気がした。ようやく、嘲笑とも呆れともつかない笑みがこぼれる。


「こんな朝っぱらから、テメェらも苦労してんなぁ」


機体の一番前で操縦桿を握るパイロットに、普段は絶対吐かないであろう労いの言葉をかける。すると、そいつは驚いたように『そ、そんなスペルビ隊長に比べればこれぐらい・・・我々には勿体ないお言葉です』と慌てて返した。謙遜というよりは、俺の言葉に槍でも降るのでは・と怯えきっている様子で。まぁそんなもんだろう・と、 さっきの自分の言葉に若干引いた俺自身、思う。クソ、どんだけ毒気が抜けてるってんだ。

眠ろう、そう思った。緊張感の欠片も無く頭のうまく回らない自分にこれ以上付き合うのは、何となく自尊心が廃りそうで。ジャッポーネに着くのを心待ちにしてしまっている自分をこれ以上意識するのは、何となくアイツらの企てにまんまと嵌っているのを認める気がして。

背もたれをリクライニングさせて、身を預ける。エンジンの振動が脳みそに響いて、それが心地良かった。待ってましたとばかりに現れた睡魔に誘われながら、閉じた瞼の裏でに『待ってろぉ』とだけ告げて、俺は意識を手放した。




09:56 p.m.


「はーいって言ってるじゃない誰よも、う・・・・・・うそ、」
「よぉ、元気そうじゃねぇかぁ」


嫌がらせとばかりにホテルのある部屋のインターホンを叩けば、不機嫌そうには出てきた。しかし不機嫌そうだったのは一瞬で、今はぽかんと口をあけて呆けているを、抱きしめる。しまった、紙袋を下に置いときゃよかった、小さい背に回した右手にぶら下がって揺れて、邪魔で仕方ねぇ。2ヶ月ぶりのの感触は、 妙にしっくりきて、体のどこかが何かで満たされていく感覚を覚えた。


「・・・受け取ってくれた?一応前日に着くように送っ」
「あ?何の話だぁ?」
「・・・・・・え、と・・・(ああなんか癪だプレゼント送ったなんて言いたくない!)」





in fuori programma
あー・・・もしかしてこのポケットん中に入ってるやつのことかぁ・・・?